美術
そこは東京国立近代美術館。なんとなく暗い雰囲気の漂う・・・というよりも陰険さが漂う空間と言ってもいいかもしれないけれど、ワガハイはあの空間、立地条件が嫌いだ。
的・・・じゃなくて、解党しないとねぇ?
見上げた空を撮ったんである。
経営者が夜逃げし、別の企業が経営に入って再建したパン屋さんで購入してみた昼メシ。
茅ケ崎美術館では8月24日(日)まで「うつわの彩 吉田耕三と北大路魯山人」が開催中だ。
企画展示は切り替えのタイミングだった。それは事前に分かっていたコトで、ゆっくりとミュージアム コレクション(2階展示室)を鑑賞するにはちょうど良い。
彼は画家という感性優勢の人間という動物なのだ。人の言葉をクリアーに己の脳内に記憶はしない。感性を通して肉体化するようにして記憶しているのだ。
希望の未来って、いったい誰の希望と未来なのだろうか?それは個人と全体、そしてその逆もまた真なり、という具合にいくのだろうか?老人になりながらも、思春期のような言いがかりをつけたくなるポスターが貼られていたのだ。
そ奴はセロハンテープを買いだめして、熟成させていると言っていたような気がする。
本日の画像が油彩画用の溶き油なのは何でか?というと、こうした油は独特の臭いを発するので、ハクビシン除けに使えるのではないか?と思ったのだ。
美術館運営は赤字続き・・・って、まあ、そうだろうねぇ。そりゃマーク・ロスコのコレクションは重要だと思う人もいるだろうが・・・
既にあの世に逝った叔父の話しだけど。彼は入手した作品を手元で楽しみ、人生を終えたら美術館に寄贈して、その作品を個人として所有することに終止符を打ちたいと思っていた人だった。
生まれては消えていくイメージ。だが消えていくイメージも無ければ次のイメージは生まれない・・・その繰り返しをよく見ていく。
あの竹橋にある近美って、何故か誰の展覧会やっても物故作家展に見えてしまうという不思議な空間だけど。まあ、「美術館は墓場」という説を強固に裏付ける空間だ。
いやこれ、シブ過ぎるだろう。須田国太郎さんはツウ向き過ぎね?子供たち向きか?これ、観客動員大丈夫かねぇ?空いていればファンにとっては好都合。ゆっくりと堪能出来るけど。
お久し振りに君島屋さんでも行って見るか?と思ったんだが、その前に「横浜橋商店街」にあるキムチ屋さんに行ってみようかと思いついた。
あれは「十字架の道行き」にも似ていたような気がしてならん。こうした観点から斎藤作品を論評するフシはない。ワガハイ的には多分に無教会的な気配が漂う作品として、在ったと思う。
物質性の強さだ。銀塩写真は画像を見ていると同時に、物質性を鑑賞しているよなぁ。所詮、薄い銀粒子の層に過ぎず、物質性と言うには大げさすぎると思われる方もおられると思うが。
雑居ビル2階の画廊の扉を開けると、ワガハイの顔を見るなり挨拶もなくいきなりそう語り始めた怪しい男がいた。吉田克朗さんだ。
吉田克朗さんも斎藤義重さんも、若い頃のワガハイに多大な影響を与えてくれた方なので、つまりこの展覧会に行ったのは墓参りみたいなモンだった。
日本が好きならばどこの国の方でも日本に居住し、永住されれば良いと思うし、日本人でもこの国が嫌いならば、他の国で国籍が取得出来れば良いと思う。それだけのコトだ。
全体と部分・・・それは集団と個人。或いは国家と個人。世界と一国家。だが、いびつであっても一つの地球上で存続するバランス感覚ってぇのがあるだろう。
バブル期には、某芸能人が学芸員資格を採ったとか採らなかったとか話題になったし、その資格はオサレなイメージだったように見受けられた。
モノの見方や聞き方ってぇのをとレーニングするには、絵を描いたり、モノを作ったり、楽器を演奏してみたりするのは、やがて思考力に繋がっていくものだ。
聖書っていうのは、信仰の書にとどまらない。コレ、読んでないと西欧の文学も美術も曲解や誤読に陥るし、哲学も異常に難解な理屈をこねまわさねばならなくなる。ワガハイ、これが原因でハイデガー「存在と時間」が妙な読み方に誘導されてしまった。我が国の…
多くの日本人を魅了するフェルメールだって、相当にゴツイ画面だからねぇ。あんなゴチゴチな画面って、なかなか日本人の手になる絵画には見られないから。
時々図鑑を調べて科目を確認してみると、植物学者さん達もあらゆる植物を細かく分析したもんだなぁ・・・と感心してしまう。そしてよく考えられた名前が付けられているもんだと思う。
文人画の世界に遊ぶ面白さを、もう一度現物を前にして体験したいもんだ、と思っていた頃にコロナ禍だ。
映像や写真ってぇヤツをみる時、メインの被写体に感心がいくとは限らない。ワガハイはかなりズレたコトが気になってしまう。
ワガハイ、ゴッホさんから学んだコトは、物理的な大きさっていうのは大きな問題ではない、というコトだ。