Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

寸足らずでも書いておこう・・・新しきは旧き中に隠れ、旧きは新しき中で明かされる

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結局CDで買い直しているPaul Simon

CD全盛期に向う頃、CDプレーヤーの値段が安くなって1985年頃だったか?ヤマハのCD-3というCDプレーヤーが発売されたあたりから、ワガハイも購入しようと思い始めた。

実際に購入したのはヤマハCD-750(1986年)で、定価は8万円半ばだったが、7万円台前半で買えたと記憶している。なかなかいい音のする機種だと思ったんだが寿命は短く、3年程使ったところでローディングがダメになり、修理したが同様の症状を繰り返すので買い換えた。ちょうど山積みでSONY CDP-228ESDがたたき売りされていたのだ。

このSONYのCDプレーヤーはあまり芳しい音ではなかったんだが、頑丈だった。20年程動いていたが、音飛びが酷くなったので捨てた。巷ではソニータイマーとか言われるが、このCDプレーヤーに関しては嫌気がさしても壊れないので使っていた。

最近ではアナログレコードが注目されているみたいだが、全盛期のような機材に恵まれた環境ではない。ターンテーブル、トーンアーム、カートリッジと、かつての常識的なクオリティーのものを買おうとすると、とんでもなく高価で、しかも選択肢が少ない。アナログ機材はベアリングの精度やら、鋳造・鍛造技術、そして仕上げ加工にまで音の違いにハッキリと影響してしまう。それらは匠の世界の仕事である。ならば、もっと日本には高級オーディオメーカーが生き残っていてもおかしくなかったと思うのだが?

 

カメラについても、デジタルカメラが主流になって久しく、いまさらフィルムカメラを作るために図面を起こせる技術者がおられるのだろうか?フィルムの巻き上げ一つとっても、スプロケット周りのバックラッシュであるとか、ナニヤラちゃんと設計した上に加工組立てにもノウハウがありそうだからなぁ・・・チャンとやらぬとコマ間が揃わなかったりする。NIkonF-2を作っていた頃、CanonのF-1はコマ間のバラツキが多くてだらしなかった。そういう領域っていうのがアナログにはあるからなぁ・・・

ま、ミラーレス時代になったから、もうクイック・リターン・ミラーなんて作れなくなりつつアルのでは?ああ、ペンタプリズムも作れなくなるのかもしれない。そうして、いずれはアナログ用の部品がナニを意味するものなのかさえ、分からなくなる時代がやってくるのだろう。

更には、そうした機材によって生み出された画像が、そのような機構からくる制約によって生み出されたモノであることも、読み取ることが困難になってしまうだろう。というか、なりつつあるな。

 

文学や音楽の古典に接するときに、それが創作された頃の時代・風俗をあわせて考えていかないとトンチンカンな鑑賞になってしまうことがある。〈解釈者は、聖書作者が一定の事情の下で、その時代と文化の状態に従って、その時代にもちいられていた文学類型を用いて表現しようと意図し、表現した意味を捜さなければならない。〉※1

例えば、J. S. Bachがあれだけの教会カンタータを書き残したことに関しても、教会典礼のあり方や、当時の失われつつある文化風習を記録しておこうという情熱であろう。また、引き受けざるを得ない才能と環境に恵まれていたのだから、ヤルしかないという事情はあろうな。彼以上の音楽的天才がいたとしても、状況が伴わなければ創造は起らないのだ。

 

しかし、あまりに昔のコトは想像にも及ばないコトもある。ソモソモ、コロナ禍においてもスペイン風邪の時の記録や言い伝えが、あまり生かされていないばかりか、記録そのものも風化してしまっているようだ。我々は一体、過去からナニを学べるというのだろうか?

ただ、言えることは相当に酷い自然災害や人災、悪政が続いても人類は滅亡せずに現在に至っているということだ。その点に関しては楽観的でも大丈夫かもしれない。

ただ、原発やら放射性廃棄物、それ以外にもPCBのような多くの危険な物質があるが、それらの管理が出来なくなってしまうという危機は、ヘタすれば起りかねない。国民の頭数があまりにも少なくなってしまえば、その国の危険物管理は放置されてしまうだろう。食料確保が優先され、インフラ整備は追いつかず、やがて危険物はジワジワとにじみ出し、絶つことのできない悪循環が始まる。それは案外、近々に起こり得るコトだろう。これは楽観出来ないことと思える。

 

エジプト文明メソポタミア文明、それは教科書でも学んだ文明だが、それらは滅びてしまったかのように錯覚している。しかし、それらは今でも継続している。例えば、こういう言い方をする・・・

〈・・・新約は旧約の中に隠れ、旧約は新約の中で明らかにされる・・・〉※2

と、聖書の内容についてキリスト教的には言われたりするのだが、そうした関係に過去と現在、そして未来が繋がっている中で、私達は生活しているというように捉えることも出来る。

そう考えてみると、多くの民意に反して始まった五輪に関しても、非常に異常に記念されるコトになるだろう。間違いなく人類史上に類い希なナニガシかを刻んでいるのである。そういう意味合いにおいては、ワガハイはブラックではあるが大いに感動もしよう。

 

さてと・・・どうしても開会式が火遊びに見えて仕方ない。それは・・・〈儀式は簡素の美を備え、簡単明瞭であり、不必要な重複を避け、信者の理解力に順応し、一般に多くの説明を必要としないものでなければならない。〉※3

〈 〉内は言い換えてみれば良い。「開会式は簡素の美を備え、簡単明瞭であり、不必要な重複を避け、全世界(国民)の信認という理解に順応し、多くの説明(言い訳)を必要としないものでなければならない。」どうであろうか?

 

本日は、「第2バチカン公会議 公文書全集 南山大学監修(1986年初版)」から引用させてもらい、この頃考えていたコトを少しまとめてみた。

あらゆるコトが循環のなかで存在し続けていることを思えば、やがて封じ込めた筈の汚染物質(不祥事)も、あらぬ処から顔を出すだろう。

ということで、ようやく「炭火」についての地均しが出来てきたか?「炭火」についてはまたも先送り、だ。

 

※1 第2バチカン公会議 公文書全集 〈聖書の解釈について〉南山大学監修 p.208(原典は聖アウグスティヌス, De Doctr. Christ, )

※2 第2バチカン公会議 公文書全集 〈旧約聖書新約聖書の一貫性〉南山大学監修 p.209(原典は聖アウグスティヌス, Quaest. in Hept.  )温故知新にもちょっと似ているな。そして大きな文明の間にあって翻弄された小さな国があったワケで、そこに生まれたイエスさんというワケだ。アメリカ合衆国と中国、大国に挟まれた日本や朝鮮半島、そして台湾からフィリピン・・・なんか似てるよねぇ。

※3 第2バチカン公会議 公文書全集 〈儀式の構造〉南山大学監修 p.15

 

寸足らずでも書いておこう・・・の続き & 森嶋 純米大吟醸の裏ラベルの追記

五輪に関する問題には、どこかで寛容というコトと、落ち着きを取り戻すコトがあったらいい。でもねぇ・・・寛容というのも難しいですな。ウヤムヤにすることでも時間の解決を待つということでもないだろう。誠実で正直な謝罪と正確な理解による寛容だろう。だが、そういう機会が与えられたことは幸いな点はあるだろう。他人事ではなく、再度確認と勉強の機会が与えられたというように、ワガハイ的には捉えたんだがな。

 

ダニ・カラヴァン(Dani Karavan 1930~2021)というイスラエルの彫刻家がいた。今年の5月末まではこの世に存在していた作家だ。その作品世界に触れれば、景観と作品の関連、表現の成り立ち方について、緻密な寛容さを感ずるのはワガハイだけだろうか?昔々、某所で遠巻きに姿を垣間見たダニ・カラヴァンさん・・・氏の作品における旧約聖書についての受け止め方が、驚くほど柔和であることをワガ妻が発見した。そしてワガハイも驚いた。それは、日本のキリスト教的な旧約聖書解釈とは、随分とニュアンスの異なるものを感じたものだ。

緻密な寛容・・・ま、こう言ってもナンダカ分かりにくいコトになってしまうかもしれないが、思い出したので書き留めておこうと思う。

 

「炭火」問題はちょっと面倒だ。でもあまり先送りしてもタイミングを逸してしまって、考えを記録することがなくなってしまうかもしれないので、明日、調子が良かったらチャレンジしてみようと思う。

 

で・・・話が飛ぶが、一つ画像を出し忘れていたことに気付いた。それは以下のページで忘れていたんだな。

etsuro1.hatenablog.com

ところが、怪我の功名というべきか、次の画像にある文面を読んでみると分かるんだが、なかなか思いの詰まった意味深長な言葉なのだ。

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森嶋・・・裏ラベルの追加

酒の話のついでではなく、この裏ラベルの内容でブログ書いても良いほどの言葉だな。蔵元杜氏 森嶋正一郎さんか・・・コロナが落ち着いたら訪ねてみたい蔵がまた一つ出来ましたな。

 

脳細胞の死滅と、アミロイドβの蓄積が繰り広げられるワンダーランド・・・寸足らずでも書いておこう

今月に入ってから、幾つかのキーワードが頭の隅にこびり付いている。それはナカナカ複雑で困難な問題に繋がるので、整理しきれるものではなく、とりあえずのメモとしても残せるかどうか分からない。が・・・マイニチ大量の脳細胞の死滅と、アミロイドβの蓄積が繰り広げられるワンダーランドに生きているのだから、寸足らずであっても書いておくことにしてみよう。

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捨てられないLPレコードのレーベル(部分)

Paul Simon STILL CRAZY AFTER ALL THESE YEARS 1975年

夏休みが始まり高速道路の渋滞情報が流れ、「五輪疎開」なる言葉が出て来た。「疎開」は、かつての大戦下で本土空襲に備える方策だったのだが、それは人々の生命存続が目的ばかりではなく、軍を維持するための戦略でもあった。人ばかりではなく建物も疎開対象である。国や軍にとって重要な施設周辺の民間の建物は強制的に破壊されたのだ。今回の「五輪疎開」といわれることは、強制疎開ではなくて自主的な疎開だろう。その点は民主的だが、地方への感染拡大に繋がらないと良いが。

 

何となく、国やら国際機関とか、そういう公共的な事業という表面の裏側が明らかになってしまうことについて・・・

24ある人々の罪は明白でたちまち裁かれますが、ほかの人々の罪は後になって明らかになります。25同じように、良い行いも明白です。そうでない場合でも、隠れたままのことはありません。

新約聖書 テモテへの手紙一  5章 日本聖書協会 新共同訳

 というところが引っ掛かっている。まだ、現時点では明白な部分のスキャンダルでしかない。たぶん、後になってから明らかになることがあるかもしれない。不穏な世の中だからこそ、不平等や不正に対してはより神経質になるだろう。様々な批判にはワガハイも“然り”と思うことが多い。だがしかし・・・その先にどの様な世界が待っているのか、それは分からないことだが・・・どこかで寛容というコトが必要になってくる。落ち着きを取り戻すコトも考えたいと思ったりする。

 

五輪に関しては、「新国立競技場」国際デザイン・コンクール最優秀賞だったザハ・ハディド(Zaha Hadid)さんの一件から、ワガハイはポリポリ?状態でスッキリしなかった。建築はソモソモ地盤や環境とのコンタクトが根源的な問題だろう。なのにどうして隣接する構造物との折り合いというコトが、はじめから考慮されていなかったのかいな?と思うんですな。

そして、あの時の審査員は、フニャフニャと曖昧に雲隠れしてしまったように見える。案外、当事者の誰もが、本気で巨大構造物を造り上げるというリアリティが希薄なまま、夢見心地の浮ついたココロで生きていたんじゃないだろうか?

たぶん、建築も構造の専門家が必要なほど、専門分野が細分化しているから、審査に関わる方々は実のところ構造の深~い部分は分からなかったのかもしれない。

 

そうして始まった五輪という一大プロジェクトは、コロナ禍という躓きで多くの弱点を曝け出すことになった。数え上げきれない問題が浮上し続けたが、女性蔑視にしても、いじめ虐待にしても、ついにはホロコーストにまで関わる問題が露わになると、もう、文化基盤、意識基盤から検証しなくてはならなくなったように思える。

義務教育では、少なくともワガハイのような昭和30年代に生まれ育った場合、現代史は授業でやってない。教科書に記述があるコトも授業ではスルーしていた。だから日本が戦争に向っていく状況や、ましてホロコーストのことなどスルーであった。ま、一筋縄ではいかない内容だけに、サクッと避けちゃった感じなのだ。

今の学校ではどのようになっているかはワカラン。だが、優しさであるとか、強さだけではなく、弱さ、はかなさを大切にする社会も含めての教育環境ならば、このところ起っている問題は起りにくいだろうなぁ・・・

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SILENT EYES・・・ワガハイが高校生の時かな?これは大変だと直感したな

ワガハイ、あまりビートルズというのは聴かなかったんだが、ポール・サイモンさんは気になっていましたな。で、レコードは新譜が出れば直ぐに買いましたな。それでヒヤリング能力が低いから英文歌詞と辞書広げて、ウダウダやりながら聴いていた。和訳はねぇ・・・綺麗に意訳されていることもあるから分かんないんだよねぇ。

で、まあ、歌詞内容は難しいですな。まあ、大人の歌ですよ!中高生には背伸びし過ぎなところはある。だが、SILENT EYESに関しては文章的に訳すことが出来ても意味深長過ぎてワカラン!今と違って、調べ物は「世界大百科事典(平凡社)」の中をさまよい歩く術しかなかったからなぁ。でも、結局は問題が多岐にわたっていて知識的には暗記出来るにしても、心情の問題が壁にぶち当たっている感じがしてど~にもならなかった。

でもまあ、スポーツの力は知らんが、音楽の力というか・・・ポール・サイモンさんの音楽の力は、ワガハイにただならない気持ちがイスラエルユダヤと、パレスチナと・・・渦巻いているコトは感じさせてくれた。十代のワガハイにとっては、それがリアリティであり、大切な体験でしたな。

 

そしてず~っと引っ掛かる言葉が「炭火」「炭火を・・・積む」というコトなのだ・・・が、これはまた、章を改めて書くコトにしようと思うんだな。

五輪開会式・・・隈研吾さん設計の新国立競技場かぁ・・・空席が目立たないようにという、客席の背もたれの色だったかな?不思議なコトにそういうことになってしまったな。突貫工事での労災事故のコトも忘れないでいよう。

 

ペ~パ~ドライバ~でゴ~ルド免許所持者・・・梅は酸っぱいが時代は辛酸を味わい続けるだろうなぁ

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先週 土用干しを終えた梅干し

黄色が十郎 赤が南高梅

梅干しの産地というと、圧倒的に和歌山県だよなぁ・・・紀州南高梅だからねぇ。やっぱり梅干しの王道だな。梅酒を漬けるにしても、やっぱり南高梅の梅酒は香りが柔らかくて素敵である。もう、ナニガ何でも圧倒的に南高梅でなければ話にならん!というところまで振り切れてしまう人もおられるだろう。そしてワガハイもそういう一人であって、結局南高梅は良いなぁ・・・と思うんですな。

梅の産地としては和歌山県がダントツのトップなのは致し方ない。何故なら我が国の梅の生産量の半分以上を産出しているんだからな。では、他の地域ではどのようなところで梅が生産されているのだろうか?というと、群馬県、長野県、奈良県青森県山梨県三重県、神奈川県、宮城県福井県などがあるようだ。

勿論、埼玉県だって越生梅林があり、農協直売所で梅干しが売られているから、もう、日本全国いたるところで梅が植えられていれば梅干しが作られているんだろう。ま、熱海の梅林みたいに観賞用品種だと、梅酒も梅干しも?かもしれないが。

 

ナニゴトにおいても一つのパターンではあるが、マニアックになってくると、より小さな産地を追い求めていくことになる。そこにはやはり多様性が見いだせることがあるからだ。そしてワガハイの住む神奈川県にも、小田原市曽我地区という梅の里がある。そして「十郎」という品種の梅が入手出来る。それは南高梅と比較すれば酸味がシャープに感じられるのだが、妻の嗜好には合うようだ。

 

ということで、毎年梅が売られる時期になると下曽我の生産者の直売に連れて行くのが夫としての当然の義務であるかのように、妻は勘違いをしておる!彼女はペ~パ~ドライバ~でゴ~ルド免許所持者である!既にアクセルとブレ~キの位置理解が怪しい人である。たぶん、ハンドルを右に回すと直進し、まっすぐにキ~プしていると路肩に乗り上げると思っているだろう。あるいは、ハンドルを引くと加速し、押すと減速すると思っているかもしれない。とにかくメカニズムを理解しない機械音痴の極みである。義父曰く、

「悦朗くん、娘には絶対に運転させないでくれ。そんなコトしたらとんでもないところに行ってしまうだろう」

ということで、とんでもないところとは・・・月やら火星やらに行ってしまうというコトらしいからなぁ・・・(ま、平たく言えばあの世行きってぇヤツだ)。故に、ワガハイはアッシ~にならざるを得ない。

 

で、高校時代からの友人で、デザイナーを仕事とする女性は、クルマの運転をはじめとしてメカニズム系は結構強い!その彼女のダンナはワガハイの妻と同類らしく、ど~にもならんらしい。そして我家と同じコトが起きているという・・・運転出来る人間の隣には、試飲で酔っ払った相棒が爆睡している、というコトだ。

な~んか、この場合、運転出来ることが割に合わないような感じがするんだが、世の中は、そういう無数のバッファーによって成り立っているのだな。ま、このあたりは穏便な感情をもっていられることもあるんだが・・・五輪のど~た~こ~た~に関してのバッファー的存在にならざるを得ないコトに関しては、モトよりムカつきっぱなしですわなぁ・・・

 

まあ、デコボコしながら動いて行くもんなんであろう・・・コロナ禍五輪は試行錯誤・・・ならばまだしも、なんかズボラ。でも、これが選ばれた方々が精一杯仕込んだ方策なのだろうから、これがこの国の実力なんだろう。ペ~パ~ドライバ~でゴ~ルド免許所持者が運転するような状態にも見えてくるように思うんだがなぁ・・・。梅干しの酸っぱさならばまだしも、どうやら失策によって辛酸を味わい続ける時代が長くなるかもしれない。

いや、待てよ?ペ~パ~ドライバ~でゴ~ルド免許所持者ではなく、ソモソモ無免許だったりして。そりゃあ、誰も言うことを聞かなくなりますな。ノ~コン状態だねぇ。

 

埃かぶったウイスキー用テイスティング・グラスを洗う・・・「菊姫山廃仕込 生原酒 純米酒 無濾過 K-7」

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菊姫だねぇ~

石川県には何度も行ったことがある。その目的地は輪島なので、複数回行ったのは石川県というよりも能登と言った方がいいかもしれない。

ワガハイは輪島塗が好きなのだ。で、輪島と言えば技法的には沈金というのが代表格なんだろうが、本堅地(ほんかたじ)と呼ばれる下地技法の代表が輪島塗とも言えるだろう。

お土産品としては、価格的なことから箸を購入するというのが多いだろうとは思う。そしてその箸に関しても、様々な工夫がされているコトがあるので、漆器店で説明を聞いてから納得して購入されると楽しみもより増大するんだな。まあ、輪島らしさを楽しみたいならば、シンプルな沈金の加飾が施されたものは、毎日の食卓を少し優雅に演出してくれるだろうな。

漆器店をウロウロするのも楽しいし、朝市に行って海産物を物色するのも楽しい。いしる、いしり、と呼ばれる魚醤も名物だし、鯵や鰯をぬか漬けにしたものや、ふぐの卵巣のぬか漬けという、猛毒をも征してしまった美味なる食材もある。海鼠腸、クチコという珍味もある。もう、食の楽園である。

そして能登半島沖に舳倉島(へぐらじま)という小さな島があるのだが、ここで採れた小さなサザエなどを直ぐにいしるに漬け込んだものがあって、コレはたまらない旨さである。ただし、ソレなりに匂いは独特なので苦手な人はど~にもならないだろう。

鮮度の素晴らしい海鮮と、保存食としてのずば抜けた香味が両立している食文化・・・能登!コロナが収まったなら、是非再訪したい地のひとつだ。

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石川県の酒だが能登で造られているワケではない・・・これはレギュラー「山廃菊姫

金沢は、そりゃあ見所満載でねぇ・・・ワガハイ的には京都なんぞよりも圧倒的に好きなんだが、金沢駅前の鼓門はど~にも気にいらね~なぁ。あと、21世紀美術館だっけ?あれが出来てきたあたりからの金沢の開発全般が、ど~も気にいらね~なぁ。で、つまらなくなったので、それ以来、金沢の街は通過するようになったな。近江町市場と俵屋の飴以外は、興味なくなってしまったな。

ただ、個人的には困ったことに〈東京国立近代美術館工芸館は2020(令和2)年10月25日、通称を国立工芸館(NCM)として、皇居のほとり北の丸から、工芸のまち石川県金沢市の本多の森に移転し、新たなスタートを切っ〉ちゃったんですな。ここは、立寄らざるを得ないというコトか・・・まあ、県立美術館とあわせて観覧すればいいというコトだな。駅から遠いんだよなぁ・・・

注:〈 〉内は国立工芸館のウェブサイトより引用

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こちらは無濾過生原酒 山廃「菊姫」 K-7(協会7号酵母という意味)

ワガハイ的には全く不覚である・・・いまだ白山市鶴来には行ったことがない。

かつてとても若かった頃、金沢香林坊からフラフラと片町方向へ漆器店を物色しながら犀川を渡り、にし茶屋街を抜けて北陸鉄道の「野町」駅まで歩いたコトはあった。そこから終点の「鶴来」まで乗ってしまえば、そこから徒歩10分強で「菊姫」の蔵まで行けたのだが・・・ま、その時は片町界隈の漆器店でシンプルな棗を見つけてウダウダと時間を費やし、鶴来まで行く時間が無くなってホテルに戻ったんだな。

蔵まで行ったからといって、ど~というコトも無いんだが・・・やはり鶴来の何処かに宿をとって・・・って?グーグルマップでザックリ見てみると、宿らしきものが見当たらんぞ?まあいいや、小松から往復でもいいかな、「菊姫」と「萬歳楽」の蔵の外回りを見て、蔵内見学は基本的にワガハイは無理しないので、直売があればソコで一本買えれば、それで充分なのである。

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一升瓶の肩に貼られた「菊姫」のラベルは目立つ

当ブログの以下リンクでは、無濾過生原酒ではないレギュラーのコトを書きましたな。

etsuro1.hatenablog.com

火入れ酒と生酒では、同じカテゴリーとしては比較出来ないが、生酒は要冷蔵は厳守!冷蔵庫に余裕がないとナカナカ厳しい。だが、久しぶりに呑んだレギュラー「菊姫」が、とても美味かったので、これまたお久しぶりに無濾過生原酒の「菊姫」購入にいたった。

で・・・その内容は言うまでもない。最高に満足出来る山廃であり、悦に入る!日本酒のフルボディの極みだなぁ・・・そして、酒器に関しては選ぶ必要を感じた。この酒は一口で含める酒の量を、出来るだけ自然に少量に抑えられる酒器を選ぶというのもイイだろうな。

ということならば・・・コレだ!

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ウイスキーテイスティング・グラス

随分呑んでないウイスキーなので、お久しぶりのテイスティング・グラスを引っ張り出した。それを急いで洗って水滴を拭き取る時間も惜しんで「菊姫」を注ぐ・・・結果は最高!ちょうどイイ具合の一口の量になる。これで無濾過生酒「菊姫」を楽しむペースが決まった。この酒器に決まったというコトでも、この酒の持つ雰囲気が分かろう。

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無濾過生酒「菊姫」色はこんな感じ・・・

いわゆる利猪口よりもガラスの素材を透過する光の影響で、酒の色が明るく見えて涼しげ。

日本酒に関しては、ワガハイ的にはあまりガラスという素材の酒器が好きではないんだが、これは納得しましたな。

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裏ラベルですな

さすが生原酒・・・アルコール分19度!(レギュラーは16度)だからこそ、よりスローペースで楽しみたい充実感。でもねぇ・・・清酒としてはほぼ振切った香味世界に行っちゃった感じになるのかな・・・あとは活性原酒とか、にごり系の世界に突入ということになってしまうな。

真夏のクソ暑い日、冷蔵庫からこの「菊姫」を取り出してウイスキーテイスティング・グラスに注ぎ・・・枝豆、というのもナカナカいいですな。枝豆は茶豆系なんかイイですな。

鶴来の街は、海辺ではないが、「菊姫」は冒頭で書いた輪島の食材などにも合わせやすいだろう。個性の強い食材にも負けないキャラクターですな。それは決して酒で舌を洗うというようなコトではないからねぇ・・・

さて、菊姫では「山廃純米 呑切原酒 K-7」が出荷されている。何処かで見つけたら買ってみようと思う。これ、昔呑んだ記憶では濃醇にして美しい酒でしたな。

綺麗!「杉錦 夏の純米吟醸 山田錦100%」・・・今日は「エタノール資化性酵母」に関する備忘録

昨日の当ブログの記述で、おあずけ状態になった杉錦の純米吟醸だ。

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夏の季節酒

生モト、山廃、菩提モトに酵母無添加など、なかなか攻めの面白い杉井酒造さんなんだが、この「杉錦 夏の純米吟醸」は、極めて常識的な範疇に収まるコンセプトに基づく酒のようだ。そして穏やかに呑める綺麗なお酒になっている。蘊蓄をアレコレ語る必要もなく、しっかりと冷やして夏の吟醸酒を快適に味わう時間が得られた。

日本酒に慣れ親しんでいない方にも、安心してお勧め出来る一本だね!

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マル夏純米吟醸と読むのかな?

このお酒は、香味を抑制した静岡型吟醸という感じだろうか?とても品格のある香味だと思うのだが、それでいて気張らずに普段着感覚でも楽しめるという酒だ。品格のある香味を有する酒の中には、襟首ただして呑まないとまずいかな?といった緊張感が与えられるものもあるからねぇ・・・。

 

これは日本酒全体に対しての話であるが・・・ワガハイは山廃などに好きな酒が多いのだが、ど~にも山廃系が苦手という人も中にはいるだろう。別になんとしても山廃の旨さに目覚めさせようなどという強制は間違っておるので、そういうコトはやらない。だが、純米吟醸・・・つまり吟醸を名乗ったからには香りを求める人というのもおられるな。そういう方からすると期待外れというか、冴えない酒と思ったりするんだろうな。「くぐもった」「野暮ったい」・・・というような記述がネット上に散見される場合もあるからねぇ。

まあ、平成一桁時代ならばプンプンと吟醸香が鼻につく酒がもてはやされていたし、そういう流れの中では如何に綺麗かつ派手な吟醸香を立てるかが競われていた感じもあった。で、そういうのは分かりやすいことではある。日本酒からフルーティーな香りがするというのは意外性であったし、キャッチーであった。もう、アチコチでワイングラスに吟醸酒を注いでグルグル回してクンクン嗅ぎまくって・・・ああ、懐かしいねぇ。あの頃は燗酒なんていうのはダサいって言われたりしたからなぁ・・・ポリポリ

ソムリエの大将も、クルクルまわして「カプロン酸・・・ああ、カプロン酸・・・」って一つ覚えのように連発されてましたな。まあ、それはそれで楽しかったね。

 

でもねぇ・・・吟醸香ってぇヤツは、一歩間違えると怪しい香りでもある。ワガハイなんぞ、ある倉庫の積み上げられた段ボールの片隅から、怪しくも協会9号系の立香に似た漂う空気を感じとったことがあったな。それで、こりゃあ、どこかでカビが発生しておるぞ!というコトになって段ボールを移動していくと・・・ある段ボールに白いカビがビッシリであった。そして匂いの中には確実に協会9号系に似たタッチが漂っていたのだな。

ま、日本酒の香りの正体は、その多くが酵母というカビが産出するものだからねぇ・・・案外、あの段ボールからカビを培養してみたら、イイ酒を造れたかもしれない。そして、その段ボール置き場は適度な温度と湿度があったのだろう・・・いたるところでその白カビが発生しており、急遽アルコールを散布して滅菌対策を講じた。

それは、ちょっとカビが発生してはいけない倉庫(高価な品物の定温保管庫)だったので、その後も何度となくアルコール散布を繰り返したんだそうだ。で、その後にワガハイが伺ってみると、今度は微妙にシンナーに似た臭いが漂っている。まさか間違えてシンナーを散布することなどあり得ないし、そもそも既にシンナーは入手困難であったからねぇ。

「待てよ?これ、酢酸エチルかいな??」

ということで、たぶんアルコール耐性酵母が活動しちゃったのかな?ということで、しっかり換気して湿度を下げて、しばらくはアルコール散布を止めた方がいいよ!と、その倉庫管理者に話しておいた。そして後日、シンナー臭は収まったらしい。結局はから拭きで、マメに掃除することと換気で解決したらしい。

 

※ エタノール資化性酵母という。酢酸エチル臭はパンからも漂うことがあり、Pichia anomalaによる変敗といわれる。この香りは、管理の悪い「ぬか床」からも発生することがある。

 

そういえば、吟醸香がプンプン立ちまくっていた頃、このシンナー臭がガンガン立っていた吟醸酒があったねぇ・・・最近ではそういう酒に出会さなくなったが、たまにそういう酒もあるらしい・・・「そういう臭いがないから呑める」という記述も、ネット上では見られるからな。

そしてシンナーの臭いというのは実際に嗅いだコトがない人達が圧倒的になった現在では、セメダイン臭という言い方もあるようだ。

(ワガハイの世代では、悪ガキどもがまだシンナー遊びなるコトをやって補導された、なんていうのが聞かれたからねぇ。)

それで酒の立香の表現に「セメダイン臭」という言い方が散見されるようになったみたいだねぇ・・・これがまた厄介な表現だ。果たしてそれは酒の香味として望ましい香りなのだろうか?ワガハイ的には望まない香りだな。

 

だがしかし・・・当ブログでも書いた酒から、その「セメダイン臭」がするという記述を見つけた時には、かなり???であった。ワガハイのテースティング結果と全く異なる内容だったからねぇ。まあ、だいたいが「メロンのような香り」とセットになって「セメダイン臭」というのがやってくる。だが、ソモソモその酒からメロン香は出ていないし、使用している酵母からしても、そういう香りにはならんだろうなぁ・・・というワケだ(造りに関しても、問題が生じやすい技法ではなさそう)。

マイナス評価に繋がりかねない表現に対しては、厳密に慎重にテースティングしてなくてはイカンなぁ・・・

 

ついでにワガハイよりも、もっと上の世代の話も記録しておこう(1964 東京オリンピックに向う高度経済成長期の頃)

看板屋さんが大量の看板作るのにシルクスクリーンで刷っていたんだそうだが、その道具の洗浄にシンナーを使っていて、気付くと作業場の換気扇の外で悪ガキどもがヘラヘラしておったそうな。で、一石二鳥だろうというコトで、彼らを招き入れてバイト代払って道具の洗浄を頼んだらしい。実に名案だったと、その人は語っていたが、もうその人と会うこともないからねぇ・・・時代は流れるねぇ。

ま、ワガハイはそこまでシンナー中毒になっておる人を見たコトがないので、ナンともワカランのだが、大変危険な物質なので巷では入手出来なくなったな。そして塗料薄め液なるものが売られるようになって、中身はシンナーではなくなった。すると塗装業(昔はペンキ屋さんとも言った)のオッサンは「ど~もシンナーでないと塗りにくい」と語っていたことがあったねぇ。溶剤として、なかなか優れた特性を持っていたんでしょうな、シンナーというのも。

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裏ラベルですな

まあ、この「杉錦」からはそういった怪しい香りはしないので安心してほしい。HD-1という酵母も、酢酸イソアミル系の香りを生成すると言われるが、とても僅かに品良く感じられる程度の立香だ。それがまた物腰の柔和さを演出してくれますな。そしてこのHD-1のタッチというのが感じられると、やっぱり杉錦は静岡の酒なんだなぁ・・・と思いますな。それだげ静岡型吟醸というスタイルが、ワガハイの感覚に擦り込まれているというコトでもあるんだろうな。

贅沢な造りですぞ!

 

兵庫県山田錦100%

精米歩合:麹米40%大吟醸レベル!)掛米50%

 

なんだか杉井さんとの会話が想像出来てしまうな。

ワガハイ:「綺麗な酒でしたねぇ!」

杉井さん(想定):「そりゃあそうだろう、そういう風に造ったからなぁ・・・」

と・・・これでおしまい。そうしてニコニコしておられる。何度か蔵に伺った際に繰り返された問答である。

コロナ禍でなければ、藤枝の蔵を訪ねたいという思いは強うございます。杉井さん、いつも旨酒ありがとう!

 

ファイザー・ビオンテックのワクチン接種・・・杉錦の純米吟醸おあずけ

本日二度目のブログでございます。

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Max. 12ccの注射器

製菓用に微量な軽量をするには、こういう道具を使うという方法もある。

ま、この注射器はだいぶ昔に、アメリカの知人から贈られてきたフルーツケーキに付属していたモノだ。つまり、アメリカではケーキを注射器で吸い取ってから口に注入するように食べるらしい?というのはウソだが、何でも同梱されていたスコッチウイスキーを、ケーキに注入して食べるのが美味いのだそうだ。注射針は同梱されていなかったが、そんなものが同梱されていたら、ナニヤラ問題が起りそうだよなぁ。

それで、ワガハイ的にはウイスキーを追加注入するなどという、強烈な香味は好みではないので、別々に頂くことにした。そして、それぞれはとても美味しいものだった。

 

ワガハイは小児喘息発症の頃に、まだ世間的に知られていない減感作療法なるものを受けて、酷いアレルギーを緩和することに成功した・・・かに見えたんだが、それは寛解という状態であって、そう簡単に体質は変えられるものではない。そう簡単に顔かたちが変えられるワケでもないし、足を長くするコトも出来るワケではない。そして、体質・・・つまり免疫の特性など、そう簡単に変わりはしないのだろう。

そうして恐れていたコト、喘息の再発は還暦を間近に控えている時に起った。普通、免疫は歳と共に弱くなっていくだろうから、それに伴ってアレルギーの発症も少なくなっていくのではないか?と考えてしまうのだが、免疫が弱くなっていく中でもソレなりに暴走するということはあり得るのだろう。そう考えないとワガ体調の不調は納得出来ないものだ。

 

そうして新型コロナウイルスのワクチン接種における副反応を、ワガハイなりにイメージしてみたのだが、たぶん、年相応以上に副反応が鈍いか、ソレなりにシャープに出るか、どちらかなんじゃなかろうか?と考えた。主治医は接種可能であるとし、接種を一応は推奨された。

まあ・・・このあたりが悩みどころで、これは若い人が躊躇する心理とさほど変わらないんじゃなかろうか?と思いますな。それでも罹患した場合のコトをイメージすると、肺炎になったらワガハイの肺機能ではど~にもならんだろうから、そのコトの方がハイリスクだわなぁ・・・それに、変異株のコトを考慮すれば罹患する可能性は高まっているワケだからなぁ・・・罹患しても免疫準備が有る無しでは、初動体制が全く異なるだろうからなぁ・・・備えあれば憂いなしだよなぁ・・・

という、同じような問答を繰り返していたら、郵便受けに自治体からのデカイ茶封筒が入っていた。「ワクチン接種のご案内」ってなワケだ。遂にやって来た召集令状ではないからねぇ・・・ワクチンだけにワクワクしながら封を開けましたな。

さて、一通り能書を読んでみて、完全にココロは決まりましたな。接種敢行!ど~せやるならサッサとやろう!というワケで、基礎疾患持ちでもあるわけだから、直ぐにスマホで予約サイトに繋いだら・・・集団接種の予約がとれた!

 

接種前日

禁酒・・・呑みたい「杉錦」の瓶を前に禁酒!

 

接種当日

朝の体温 35.9℃ 接種会場での計測では36.4℃

問診票の確認と本人確認があり、接種ブースは3列であった。一番右の担当医は主治医であったが、案内されたのは左のブースで知らない医者でしたな。お薬手帳など確認して、問題なし!ということで仕切られた隣の部屋に案内される。

「アルコール綿使いますけど、アルコールは大丈夫ですねぇ?」

と聞かれたが、ここは素直に

「大丈夫です」

と答えたワガハイは大人(老人)になったものだ・・・本当は「呑むほうがイイんだけどなぁ・・・」とか「ええっ?ワクチンってアルコールだったんですか?」とか言いたかったんだが、止めましたな。それは即座にアタマの中でストーリーが見えたんだが・・・もし、そんなコトを言ってしまったら、絶対にこうなるだろう・・・

「あ~、今日も居たねぇ・・・これで5人目?・・・6人目?」とか、会話がありそうだもんな。その一人にならずに済んだというワケだ。

会場で15分の経過観察中に次回接種の予約を済ませ、それで帰宅。

接種会場へはクルマを運転して行ったんだが、別になんの問題も起らなかった。そもそも接種自体も痛点をうまく外れたのか、全く痛くなかったし、副反応というのもアナフィラキシーでも起こさない限り、直ぐに襲ってくるということも無いようだ。とりあえずなんの変化もなかった。ある意味、期待外れである。

それにしても、あの使い終わった注射器(シリンジ)が気になりますな。あれ、園芸用の農薬(スミチオンとか)の計量に便利そうなんだが・・・

 

接種後当日・自宅で待機

接種後1時間程すると、左肩の一部が少し鈍痛。だが、気分は別に悪くない。

3時間経過あたりから鈍痛が強くなってきて、左上腕部にも痛みがひろがってくる。だが、妙に嬉しい感じ・・・一応、人並みの副反応が出ているということが、なんかイイ感じなのだ。

6時間経過すると、右肩の五十肩よりも痛い感じで、相対的に五十肩が良くなったような気がしてイイ感じ。

就寝すると、寝返りがちょっとキツイ。左肩腕は副反応、右は五十肩・・・身動きがとれん!・・・だが結局は爆睡!酒も呑まずに爆睡!

 

接種翌日

朝の体温36.3℃ 昼36.4℃ 夕36.5℃

左腕は腫れた感じはなく、腕は普通に上げ下げ出来るのだが、重いモノを持ち上げると普通の筋肉痛並に痛い。また、喘息や鼻炎、皮膚炎といった症状の兆候のようなものも感じられない。

夕飯時、ワガハイは禁酒しておこうと思ったのだが、妻が酒の用意をしたので控え目に呑む。杉錦は美味く、それはワクチン接種しても全く変わらない。

 

接種翌々日

朝の体温36.0℃ 夕36.5℃

左腕の痛みが緩和する傾向。夕方には接種ヶ所に痛みを残すだけに収まってきた。

 

接種4日目

朝の体温36.0℃

左腕の痛みは収束。右肩の五十肩の痛みが増したような気分になる。

 

以上、こんな感じで一回目のワクチン接種を終えた。二回目の方がキツイ副反応になると言われるが、たぶん、先輩方の話からすれば全身症状としてダルイようなことにはなるかもしれないな。それは覚悟しておこうと思う。

ま、酒の好き嫌いも人それぞれ、ワクチンの副反応も人それぞれだろうが、喘息持ちで酒好きでも、こんな感じでしたな。ナニガシかの参考になれば幸いですな。