Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

土作りが作物の香味に影響を及ぼすコトについて・・・あの人はたぶん波多野公介さんだったんだろうなぁ

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いきなり裏ラベルだねぇ・・・

料理用に購入した赤ワイン・・・ま、カレー作ろうというわけですな。チリ産のメルローである。イオン系スーパーマーケットの酒売り場に並んでいる廉価ワインだ。値段の割にはマァマァではなかろうか、と思っていたんだが・・・

「チェリーやスミレのアロマに微かにスモーキーなニュアンスを感じます。」と書かれた裏ラベルの文言は、大幅な修正が必要だ。ワガハイ的には厳しい表現だが・・・

「傷みはじめたチェリーやスミレのアロマに微かに発酵不良堆肥のニュアンスを感じます。」

スクリューキャップで、その栓もしっかりとしたモノだったが、相当なダメージを受けてしまっていたようだ。まあ、カレー用に買ったので、グツグツ煮込んでいるうちに問題の臭いは気にならなくなったがね。大方その成分は揮発してしまったんだろう。

買えばどの様な酒でも一応はテースティングするんだが・・・発酵不良堆肥っぽさが鼻につくというのは、そもそも栽培土壌に問題があるかもしれない。土壌の臭いというのは作物に相当な影響力があるものだからな。

 

借りている小さな区画の農園で、大量の堆肥を投入した人がいた。そしてレタスを栽培し始めた。状態としては土に植えられたレタスというよりは、堆肥に植えられたレタスとした方が実態に合致している、というような状態でしたな。

さて、その収穫されたレタスはお裾分けとして我家にもやって来たんだが・・・予想通りに凄いことが起きたね。レタスはレタスの香りを失い、堆肥の匂いに包まれていた。生で食べて悲惨だったので、火を通し始めたら堆肥の匂いがキッチンに充満した。残念ながら食すことは出来なかったな。

小松菜やホウレンソウなどでも、土作りに際して生っぽい肥料分を加えると、その匂いが付きますな。魚粉などを多く投入すると、何故か小松菜から魚っぽい匂いが出て来ますな。ナニゴトもバランスが大切ですねぇ。

この土作りが作物の香味に影響を及ぼすということは、ちょっと考えてみれば想像がつくことだと思う。しか~し!ワガハイのようないい加減なコトばかり書いておる男の書くことなど、信用に値しないと思われる貴兄に、以下の本をおすすめしよう。ただしPHP研究所のHPを確認すると・・・在庫なし・・・である。新本の入手は無理かもしれん。判型は新書版と四六判上製が出版されていた。ワガハイは2002年1月29日第1版第1刷を持っておる。出版されてすぐに購入したからねぇ。

 

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おいしい〈日本茶〉がのみたい 波多野公介 著 PHP研究所

この波多野公介さんは、ワガハイの勝手な推測なんだが・・・この本に書かれた内容からして、行きつけの喫茶店で何度か話した方ではないかと思っておる。茶の好きな人で、ワガハイも茶好きだったんで「最近の茶の香りが臭い!」って話で盛り上がりましたな。カウンターで珈琲飲みながら並んで話した内容が、この本の内容と殆ど同じだからね。しかも取材を始めたという話だったからね。

でも、この初版本が出る前に天に旅立たれたということみたいだ。「2001年11月に逝去」と奥付にある。

とまあ、ワガハイの思い出はこの位にして、本の内容だが・・・古本探して読んでみてちょうだい!いいお茶つくっている茶園は、その土作りが凄いですぞ!そしてそれはイコール、ワイン用ブドウの畑と同じですな。ブルゴーニュの特級畑で行なわれておることと全く同じですな。

 

ま、量産ワインに過度な要求をするのも無理があるだろう。でも、このワインのダメージはなんかねぇ・・・?

 

さて、本日の我家の藤だ。ソロソロ藤の花の記録も終わりだな。花が終わればさっさと切って種に栄養がいかないようにする。来季の花芽の成長を促すために、とモノの本に書かれておるので、それに従ってみますな。なにせ藤の初心者だからねぇ。

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一気にきましたな・・・

もう少し寄って撮ってみましたな。

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いよいよ花も終わりだな

今年の藤の開花は早かったな。全般に早いよね。最近は春になるとすぐに気温が上がり、地温も上がるので我家では畑でジャガイモを栽培するのを止めた。何らかの工夫をしないとすぐに成長が止まってしまうのだな。小さなイモばかりになってしまうわけだ。温暖化の影響だろうなぁ・・・これからナニ栽培するのがいいのかねぇ。日本は熱帯雨林気候になるのかねぇ?

 

青山学院大学のモットーである「地の塩、世の光」という意味からすれば、このレタスはうち捨てられて然り、ということになるな。ということで、ナニゲにミッション系はキツイですな。以下リンク参照内容です。

etsuro1.hatenablog.com

 

 

プジョー5008を試乗したらガラスがAGCだった・・・酒ネタばかりじゃないか!

今月初めの頃だが、チョットしたことからプジョー5008を試乗することが出来た。デカかったねぇ。そもそもワガハイはSUVというのが好きではないからねぇ・・・この5008ってぇヤツも、まあ、金があっても買わんだろうな。だが、大きさに慣れてしまえば快適であることは間違いない。

エンジンがディーゼルだから、幾ら静かなエンジンであっても時々ディーゼルっぽさが顔を出しますな。ま、ディーゼル嫌いじゃないんで良いんだがな。そしてスピード感が無い・・・あれっ?これで50キロでているの?そして小田原厚木道路への合流では、ナニゲニ加速したら・・・大した加速感も感じられぬまま・・・メーターを見ると80キロを示していた。10キロオーバーなので速やかに70キロ台に落としたな(ここは速度違反の取り締まりで有名だからな)。大艦でありながら軽々と加速するのはトルクが太いんだねぇ。

そして車体側面の窓ガラスはAGC製であった。フロントガラスは欧州車の定番サンゴバンだったけどね。いや~AGCですよ!いま流れているテレビCMはシンプルにアナログ的でいいですなぁ・・・実にAGCがどの様な会社なのかが分かりますな。

ま、AGCに繋げるためにプジョー5008の話から始めたに過ぎない。だが、常に5人以上乗せる機会が多いならば、5008は良い選択肢かもしれない。ワガハイはワンボックスカーが嫌いなんでねぇ。購入を考えるなら208のEVは面白そうなんだが・・・我家は今のところ充電設備が作れそうにないからなぁ・・・ポリポリ。最近のフランス車やイタリア車は信頼性も高く、いいですな。日本車も結構トラブル発生するからね。国産も輸入車も、その間にあった壁は薄くなりましたな。

 

さて、当ブログの注目記事として現在のところ、以下のような感じになってますな。

1

etsuro1.hatenablog.com

2

etsuro1.hatenablog.com

3

etsuro1.hatenablog.com

4

etsuro1.hatenablog.com

5

etsuro1.hatenablog.com

で、ですねぇ・・・についてはまあいいんです。「今週のお題」だし、ネタは「キリスト看板」なんでねぇ(これを契機に聖書ネタを少々続けたが・・・)。問題は・・・あとは「酒」ネタばかりじゃないか!当ブログはこの際、「酒」ネタに特化した方が良いのかなぁ・・・実際のところ「酒」ネタ多いしな。ということはチョット考えますな。でもまあ、初心忘れず、ボケ防止が目的だからな。そして更には少しずつボケていく様を記録するブログだからねぇ。

でも、ダメ押しで書いとこ!

丹沢山」と「杉錦」は旨いので、皆さんが殺到するとワガハイが呑めなくなるのだな。それは困るので止めてね!

 

本日の藤・・・三連発!

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散る藤の花・・・

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残る藤も・・・

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散る藤の花だねぇ

散る藤の花もまたよし!

 

 

 

思い出の青学のオルガンを語るババアを思い出す・・・散りゆく藤は新しい始まり

青山学院大学に所用で伺ったことがあった。学内の彼方此方に「地の塩、世の光」という言葉が掲示されていた。それまであまり意識していなかったがミッション系だったんだね。ま、「学院」だからな。はじまりが米国メソジスト教会に関わるな。

 

既に天に旅立たれたジジイとババアから聞いた話だが、戦時下では空襲で校舎設備の大半が焼失して、ほぼ学校としては絶望的な状態に見えたらしい。だが、空襲を免れたパイプオルガンがあったらしく、東京音楽学校を卒業していた・・・と思うんだが、ババアは青学のオルガンを借りて練習したこともあったらしい。そして、戦後間もなくヘンデルメサイアの演奏会を青学で行なったらしい。好評だった演奏会を終えての記念写真を見せてもらったことがあったな。

「さあ、私はどこに写っているでしょう?」

ババアはワガハイを試すようにその写真を見せたね。ぜ~んぜん分からなかったな。ババアはテーブルを叩いて、

「失礼な!」

と強い口調で言った。

「こんな私も乙女だった時代があったのよぉ~。ああ・・・」

顎まわりの皺などいじりつつ、集合写真の右端に楽譜を抱いて写っている背の高い乙女を指さした。全く面影など無かった・・・

「あ~あ、変わり果てたんだねぇ~」

と言ったワガハイに、

「その通りなのよぉ~!」と言って笑ったな。

小さな演奏会だったので公式記録的には見過ごされているかもしれないが、多分、戦後最も早くに行なわれた「メサイア」だったのではないか?と、ババアは語っていたな。

「出来ればもう一度、青学のあのオルガンを弾いてみたいわぁ~。まだ残っているのかしら?」

とババアは言っていたが、どうなんでしょうね?思い出のオルガンだったんだねぇ。

ババアが口酸っぱく言い続けたことは「よ~く聴きなさい」「聴くこと!」だった。確かに「左手を聴きなさい」という指導内容に関しては、ナルホドといまだに思い出して感心しますな。ワガハイが、

「イエスさんのパートはヘ音記号で書かれている、とでも言っているみたいですな。」

と言うと、目玉をグルグルと回して涙ながしながら感動しておった。どうやら図星だったらしい。音楽や造形美術では、この左手の問題は未だ有効な筈だが、随分と古い言葉になってしまったのかもしれず、忘れられつつあるようにも思いますな。

ま、それもまた時の流れよなぁ・・・

 

青学のHPを見ると「基督教学科」は1960年で終わっておる。その後「神学科」になるが1977年で終わっておる。まあ、その辺りで何らかの節目のようなものは感じますな。CollegeからUniversityへと展開していくんだろうと沿革を見ていると思いますな。そしてHPにおいても至る所に聖書引用がちりばめられておる。立教大学(はじまりが米国聖公会)のHPと比較しても圧倒的に多いみたいですな。まあ、青学も立教も出自はほぼ同じですな。ここで上智を持ち出すと複雑になるからやめておくけど、明治は今より余程キリスト教の理解が浸透していた・・・かもしれない。それは間違いなく現状の日本のあり方に大きな影響を与えているでしょうな。

で、冒頭の「地の塩、世の光」だ。マタイによる福音書 5章13~16節の有名な箇所のことだ。その青学的解釈は、青学のHPを見ればいいんだが、ワガハイ的な解釈は・・・

 

自分らしさを見つけて、貴方の個性を失うな。

人の個性を尊重し、それぞれの持ち味を生かすことを考えろ。

塩が塩辛く無くなったら意味がないように、貴方らしさが無くなったら、それは意味がない。これからの世の中ならばAiに置き換えれば良いことだ。

 

まあ、そんな感じに受け止めていますな。

しかしながら・・・青学に行った時、門を入ればデカデカとその言葉が掲示されていて、掲示板にもあり、トイレに入ってもあり・・・この言葉の掲示に囲まれて、何処を見ても目に入ってくるというのは?

ナンダカ カガミバリ ノ ヘヤ ニ イレラレテ

アブラアセ カク ガマガエル ノ シンキョウ ヲ 

オモイマシタ ナ

 

変異ウイルスのお陰でまた対面授業が出来なくなることに、イライラしている学生の皆さんが、個性を失わずに増強されていくことが出来ますように。生きていりゃあ、いろいろあるさ。若くても罹患すると大変な人も居るみたいだから、貴方の大切な個性を失わないように。そんな励みに「地の塩、世の光」という言葉は受け取れないだろうか?

ババアがメサイアの楽譜を抱いて、ハレバレとした顔で写っていた写真・・・あのババアが抜けてきた戦禍を思えば、そのうちハレバレとした写真が撮れる日も来るさ!

 

※ 青学HPの「教育方針・理念・スクールモットー」を見ると、失礼ながら笑ってしまうほど教育方針の文字級数がデカイ!そしてスクールモットーに「地の塩、世の光」についての解説がある。そりゃあまあ、そういうことですわな。

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早朝の風で散る藤の花

散りつつある藤、そうしてまた新しい藤の一年が始まりますな。まるで古い衣を脱ぎ捨てるかのようにね・・・

覚書き ホモサピエンス 政治家属 首相経験者科 ・・・う~~~マンボ!

「まん延防止等重点措置」を「まん防」と省略することが批判されて、語感というものがこれ程重要視されるのだなぁ・・・と思いましたな。魚のマンボウが別にマヌケという訳でもない筈で、あの様な魚体でありながらも絶滅せず、何らかの条件に適合しているんだろうから今生きておるわけだ。ということで、一見マヌケに見えるかもしれないが、マンボウはバカにしてはいけませんな・・・それに鮮度が良ければ美味だ。※1

 

ついでに「肉食系・・・」「草食系・・・」という語感からくるイメージというのもあるんだろうが、ワガハイ的にはとても浅はかなる用い方だと思いましたな。何故なら草食動物も相当に獰猛であったりする。そもそも家畜化していく過程で、どの様な品種改良が為されてきたか・・・それは交配によってどの様な特徴が現れるかということが、想像以上に太古から(分析的では無いかもしれないが)分かっていたんだな。※2

そして雑食系の動物と人間は、同じ食物を奪い合う関係にあるから敵対もしたな。草食動物は人間単独では生きていけない環境で、枯れ草を食べてでも生きていけたので、その力を人間が利用すれば、人間も生活が出来たわけだ。そういう脈々と続いてきた営みから切り離されてしまった現代の人間社会なんで、まあ、そういう言い方になるんだろう。もっとも、牧畜の文化がないと気付かないことかもしれないが。

物事、いろいろ掘り起こしていくと軽はずみなことは言えなくなる。かといって重くなりすぎても気が重い。ワガハイとて、何もかも重々考えている訳でもないからな。でもねぇ・・・気になることは一応ここに記して記録しておこうと思っているんですな。

 

ホモサピエンス 政治家属 首相経験者科 という分類で人間という動物を見るときに、これまた面白い生態が観察される。「太平洋は日本の下水道ではない」に対して「じゃあ中国の下水道なのか」という些末な言い合い・・・くだらないがバカには出来ない現実であるな。ただ、その言い合いを誰がやるのか?その国際的なイメージも含めてマスクを曲げて着けてみたり、鼻出しにしてみたりと、いろいろ迫力を加えることに工夫されておられるご様子は、実に涙ぐましい。本来は育ちの良いお坊ちゃんの筈だからなぁ。なにせ表面的にも語感が重要らしいから、表面的なキャラクター作りも重要な戦略であろう。それは多分、立場からすれば国家戦略なんだろう。ま、長いことやっていると役も身について主客逆転ということは起こり得るがな。

さて・・・「お前はナニモノじゃぁ?」

名前や肩書きを述べるのが回答では情けない。シンプルながら難しい問答ですな。

あ!そ~。

 

いろいろ思い出したり考えたりするネタを与えてくれた原発汚染水の海洋放出問題。現代の科学に対して、それぞれの思いと言葉と、それに伴った行いによって彷徨い続ける人間という動物の様子は、何ら神学が君臨していた時代と大差ない。※3政教分離によって迷信や神秘主義は政治の世界から追放したかのように思っておるかもしれないが、政治そのものが迷信であり、神秘主義だな。神学は追いやられ、その論駁相手として長いこと仲良しだった哲学も追いやられた。今や政治と科学が対立している構図も見えてくる。政治は例によって都合の良いところをつまみ食いしておるな。まあ仕方ない・・・かつては神学のつまみ食いもしていた訳だからな。

そして今頃、渋沢栄一を採り上げて、そこから一体ナニを得ようとしておるのか?※4ワガハイには不思議なコトに思えてならんな。経済も古い世界だからなぁ。

 

さあて、我家の本日の藤はこんな感じだ。雨の中、花は終わりに向っておるな。

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2021年4月17日の藤

あめに濡れて、葉の緑が鮮やかですな。花よりも葉が美しくなってきたかもしれない。そしてしっかりと降り続ける雨の中、竿の上に鳩が飛来した。濡れない位置から望遠レンズで撮影だねぇ。

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コヤツもナニ考えておるんだろうねぇ・・・

ブログ用に画像の解像度とサイズを落としてあるので分かりづらいが、降る雨が線状に写っておる。なかなか写しにくいんだが一応写っておるな。

ヒヨドリはやって来ない。雨が苦手なんだろうか?でもまあ、静かでよろしい。ヤツらはあまりにもうるさいのでね。

 

昨日につづき、「ツァラトゥストラ・・・」を面白がって読んでおる身近な人の備忘録を兼ねた内容になった。そろそろ読み終わるらしい。かなり痛快なところを読み進めているみたいだ。ありゃあ、いろいろオチョクッておるから面白い読み物だよね。

 

※1 昔、宮城県気仙沼マンボウを食した。モウカの星(もうかざめの心臓)もね。まだブームになる前で、地元の方に「これ、観光の目玉になるかねぇ?」なんて聞かれましたな。ワガハイがあまりにも旨そうに食っていたからだろう。マンボウもモウカの星も、とにかく鮮度が重要なので現地で食すのが一番!酒は「気仙沼 男山 本醸造」でしたな。若干粗めの香味を持った酒との方が相性が良かったですな。震災前のコトだったが、港近くの酒蔵でしたな。

※2 旧約聖書 創世記 30章32節辺りから42節、ぶちとまだらの羊を取り出して・・・といった記述があるが、家畜の交配に関しての古い部類の記述ではあろうな。まあ、家畜の交配を利用した戦略みたいな内容ですな。これを遺伝子操作で今やったら、大変なコトになりますな。あ~怖っ。

※3 旧約聖書 サムエル記上 02章 03節 「驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神/人の行いが正されずに済むであろうか。」或いは聖餐式懺悔文に該当したパロディだな。

※4 「記念講演録 サン・シモン主義と渋沢栄一 明治大学国際日本学部 鹿島茂」を読んだことがあって、その視点にとても共感を覚えますな。知ってか知らずか、渋沢栄一はフランスからサン・シモン主義を日本に持ち込んだ・・・ってぇ話だ。「道徳経済合一説」は論語ベースというが、まあ、そのあたりはど~なんでしょうねぇ。面白いねぇ。

注:聖書は全て「日本聖書協会 新共同訳」より

藤の花期は案外長い・・・終わったらボロ負けしてたりして

危惧することは起こるもんだな。やっぱりイースタークラスターは発生したね。殆どの教会では不用意なことはしなかったと思うんだが・・・

まあ、祈祷ということが最も人工的なコト?みたいな記述内容を何処かで読んだ記憶があるんだが・・・フォイエルバッハかな?ん~~~~~?確証はないな。でもまあ、もっともなコトだと思いますな。人工的(だったと思うんだが)という言い方はクールな言い方であって、要するに欲望のかたまり的なコト、ってぇヤツだな。いかにも理性的に見えていながらも、その反対のコトになっちゃっておるんだ。人間という動物の姿ではあろう。

 

当ブログでイースターを危惧したのは以下のリンク先だな。

etsuro1.hatenablog.com

ノリタケさんのコーヒーカップに亀裂が生じたというのは、実際に起きた我家の一大事だったんだが、それもまた、イースターでのクラスターを危惧する意味合いで合致する例えになるのでは?と思いましたな。

復活を記念するというのは、不正確ながら茶道で利休さんを偲ぶことと共通することはあるだろうな。緑色の茶を囲んでお点前の中に脈々と続いてきた時間を感ずることと、十字架から解き放たれて復活したイエスを、赤色のぶどう酒(またはホスチア)を囲んでその礼拝型式(お点前)の中に脈々と続いてきた時間を感ずること。単に文字の記録ではなく、そこに今生きる人間の身体を通して記念すること、あるいは脈々と続いてきた時間を共有すること、なんだろう。まあ、そんなの錯覚さ、と言ってしまえばそうかもしれない。しかし、それが古典的なバーチャルリアリティーだと思えば、いかにそうした現実と非現実が交差することを人間が欲しているか、ということでもあろうな。

まあ・・・我慢出来なかったんだね。ハッキリ言って過越の意味を噛みしめていなかったんだろうな・・・四旬節の間に(まあ、読解に厄介な内容だからねぇ)。特に旧約聖書レビ記とかは妙な内容だから読み込んでいない人が多いだろうからな(聖職者でもわかんねぇ~って言った人がいるからな)。旧約を読めば、大昔の感染症対策と思われる記述も出てくる。そもそもアブラハムあたりから出てくる。ナルホドと思うところもありますぞぃ!

暇がある人はサクッと旧約など読んでみると良いですぞ。な~に、聖職者だってわかんねぇ~って言っているんだから、ガチで読まなくたって良いんですわ。でもまあ、サクッって言ったって全部読むと長大だからねぇ・・・速読ではなく、普通に読むと2~3ヶ月は掛かるだろうなぁ・・・

ワガハイは凄く暇人だった時に読んでみましたな。「失われた時を求めて」と「旧約聖書」のどちらを読むか、で迷いましたがな。村上春樹さんの小説でも暇なシーンで「失われた時を求めて」でも読むか・・・みたいな記述があったなぁ?どの小説だったっけね?調べるにしてもブックオフに持って行っちゃったからなぁ・・・ポリポリ

メタファー(隠喩)の読み込みのことを想定すれば、先に「旧・新約聖書」を読んでおく方が、後々都合がいいということはある。結局、西欧の文学・思想を楽しく読むには「聖書」は避けて通れないということは実感しましたな。ま、絵画や彫刻もそうなんだが。(因みに般若心経の読解ってぇのも面白かったですな)

説明は大いに端折ってしまうが、身体性とメタファーはセットですな。

 

本日、妙に面倒くさいコトに触れたのは、身近な人間が最近「ツァラトゥストラは・・・」を読んでいて、こんなに面白いとは思わなかった・・・らしい。で、その人にもイイ感じの備忘録になるんじゃなかろうか?ということでこの内容。勿論、当ブログも読まれているからなぁ・・・ポリポリ

 

さて、本日の藤は・・・

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2021年4月16日の藤

藤の花期は案外長いですな。でも、マイド藤の画像だけじゃ飽きてしまうかもしれないねぇ・・・ということでサービスカットだな。

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これも本日の撮影

変異ウイルスはヤバイね。でも根負けしたらダメだな。結局は欲望との戦いに勝利しないといけないんだろうな。ナニが新型コロナウイルスに勝利した証し・・・であろうか?終わったらボロ負けしてたりして・・・これもまた危惧することであるな。危惧することは実現・・・しませんように。

想定外・・・とは言えないからねぇ。

藤は生活の一部ですな・・・ヨーグルトメーカーのツボってぇヤツもあるだろうねぇ

お題「#新生活が捗る逸品」

PCを起ち上げて、MIcrosoft Edge冒頭に出てくるMicrosoft Newsは、ザッと眺めれば便利なものだ。昔は鬱陶しかったこの画面も、考えようによっては自分では積極的に得ようとはしない情報を、見出しレベルでも得ることが出来る。紙媒体の新聞よりも雑多な情報が多いということも、面白いことがある。だが、こんなのは逸品ではないからねぇ。

〈コロナ禍で生まれた新しい「不安疲労」って何?腸ツボを紹介 ananweb 2021/04/14〉Microsoft Newsより

コレなんかタイトル見ただけで内容が見当ついてしまうという分かりやすさ、だな。そして腸ツボといえば・・・「中脘(ちゅうかん)」「天枢(てんすう)」「大巨(だいこ)」だが、これらヘソの周辺のツボを押すという常套手段のことが概ね紹介されておる。確かにコロナ禍のお陰でまた一つ・・・どころか、今まで経験しなかった様々なストレスを抱え込むことにはなったわな。

ストレスで消化器系の不調が現れるというのは典型だろうなぁ・・・ワガハイも、若い頃はすぐに胃痛や下痢になったんだが・・・それで、不調になりそうな予兆を感ずるとサッサとツボ押しをしましたな。足裏のツボ押しが多いんだがね。「中脘」「天枢」「大巨」は、ワガハイにとってはちょっと効き過ぎるんだな。

そこで、新生活なのか旧生活なのかはともかく、生活が捗るには不調の回避が前提。我家では昔に発行された

「クロワッサン特別編集版 体のツボの大地図帖 マガジンハウス」

が書棚の目立つところに置いてある。これは常備薬のようなもんだな。つまり、ツボに関する書籍を一冊常備しておく・・・これは逸品ですな。勿論、ウェブでツボ情報を得ることも出来るんだが、ツボ本の肝要なページに付箋を貼っておけば、まさに常備薬の一つのようなもんだ。

まあ、こんなことを勧めると薬事法というのがあるからねぇ・・・断りは入れておかねばならない。ワガハイはツボの専門家ではないし、ただ経験談を話しているに過ぎない。そして常備薬のようなもん、と言っているに過ぎず、書籍は薬ではないからねぇ・・・ここは入念に説明しておかないといけない。そうしないと、不調な時にツボ本の該当ページを煎じて飲む人がいたら困るからねぇ・・・そんなことしちゃ、ダメよ!

 

そしてもう一つお勧めなのは、やはり腸の問題に絡んでくる・・・腸活の基本であるヨーグルトだ。我家がヨーグルトメーカーを購入して11ヶ月が過ぎ、毎日充実したヨーグルト摂取環境になっておる。その結果は毎朝結実しておる!

まあ、こういうのも個人的な体質との兼ね合いがあるからねぇ・・・一概には当てはまらないだろうが、ヨーグルトが体質に合うならば、ヨーグルトが大好きならば、ヨーグルトメーカーがあると良い。

これは経済的にペイ出来るか?なんていうコトではない。我家ではブルガリアヨーグルトが体質的に合うので、これを用いる・・・それを種にして様々な牛乳でヨーグルトを作る・・・言うまでもなく、使う牛乳によって出来上がったヨーグルトの風味や食感は変わってくる。すると好みの風味が分かるので、使う牛乳も決まってくる。そうなるとご本家のブルガリアヨーグルトよりも美味なヨーグルトということになってくるんだな。

ヨーグルトメーカーがあると仕込みの手間も楽だ。これはお勧めの逸品ですな。ワガハイはアイリスオーヤマの機種を使っておるが、簡便でよろしい。ただ、カスピ海ヨーグルトのモードは、デフォルトの設定では時間が足りない感じがする。でも、ブルガリアヨーグルトが体質に合っているので、わざわざカスピ海ヨーグルトを作らなくても良い。ま、参考までに当ブログの以下リンクも参照されたし!有意義なような無意義なような、得体の知れない情報が書かれておる。

なお、当ブログはアフィリエイトはやっておらんのでアイリスさんとの忖度などないからねぇ。

etsuro1.hatenablog.com

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さて、本日の藤だ。

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2021年4月15日の藤

房の先端部分の花はまだ綺麗だが、先に咲き始めた房の元の方の花は散り始めている。花の香りは弱くなり、天候の状態(本日は気温が低い)の影響もあるとは思うが、蜂の飛来はない。

草花を育てて眺めるコトで癒やされたり、楽しめるならば、趣味の園芸は生活が捗る逸品・・・というか、これはもう、生活の一部ですな。逸品というようなものではない。でも、ささやかながらも豊かさを享受すれば、自然と柔和な気分になるもんだ。逸品というものは、きっと柔和な気分を生み出すものだろうな。

コロナ禍の制約のなかで、思い切ったことが出来ない不完全燃焼状態にあって、なおさら癒やし系の逸品の出現は希求されておるだろう。

 

皆様の良き逸品との出会いを願う次第であります。

 

ちょうど一年前の我家の藤・・・こんな感じでしたな。以下のリンクをご覧くだされ!

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雨の藤・・・日々の料理酒はホームセンターで買う

昨日修理した椅子は、今朝から使えるようになった。きちんと修理した結果、座面のレベルが正しくなったのだから、さぞかし座り心地が良いのではないかと期待したんだが・・・変だ?なんか身体の収まりが悪いのだ。たぶん、ジワジワと座面のレベルが狂ってきていた状態に身体が馴染んでいたんだろう。認識の前提が崩れたことを知らずにいて、急にアジャストした場合は、その正しい状態を正しく認識出来ないということの例えになりそうな・・・これもまた、しばらく身体に馴染むまでは居心地が芳しくないのかもしれない。

この組み立て家具の椅子だが、何度か輸入業者が変更になりながらも、探せば何処かで入手出来たり、売られているところを目撃したりもしていたんだが、あらためてWeb.捜索してみると現在、日本国内で扱っている業者は見当たらないなぁ。ちょっと残念だ。「ドイトで扱っていたが、ドンキになって見当たらなくなった」というような内容の記事を見つけた程度だ。なるほど、ドイトで扱っていた時期があったのだな。ワガハイは神奈川県内に昔からあるビーバートザンというホームセンターで30年近く前に買ったんだがな。アメリカ製のウイッティアというブランドのものだ。

まあ、また何かの機会にこのような組み立て家具が輸入されることもあるだろう。

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ということで、ホームセンターで酒を買うこともあるな。

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カインズホームで買った日本酒

月桂冠 七福神めぐり」だ。入手すれば一応、利き猪口でテースティングする。マイド安定した品質で、何一つ問題はない・・・それだけだ。

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ちゃんと裏ラベルも添付されていて親切だねぇ

「取り扱い上のご注意」には、「開栓後は特にお早くお飲みください」と、極めて常識的なことが書かれている。ところがこの酒、開栓して一ヶ月以上は常温に置いておいても香味に大した変化は生じない。残り僅かでテースティングしてみると、僅かに気が抜けた感じはするものの、特に問題といったことはない。

まあ、良いこともなければ困ったこともない・・・このような日常というのが平和な世の中なのかもしれない、と思ったりする・・・そういう酒だ。これを我家では普段の料理酒に使っている。値段も手頃で、香味にキャラクターがあるわけではないので料理に使いやすい。そしてそのような酒だから、日々呑んで消費することがないのでよい。

料理酒だからといって、あまり酒の質をケチるとイマイチな結果となる。糖類添加の酒を料理に使うのは好みではないし、酸味料が入っていると・・・やはり妙な味が料理にのっかることがあるな。

料理酒に使う日本酒では、「金印 黄桜」も案外いい。「月桂冠 七福神めぐり」に比べてやや膨らみのある香味の酒なので、煮魚が分かりやすいが、やや古典的なタッチに仕上がる傾向がある。黄桜も開栓後、常温保存でも特に大きな香味変化が生ずることもなく使える。この「金印 黄桜」もカインズホームで購入する。案外、スーパーマーケットの酒売り場の方が入手出来なかったりするんだな。スーパーで売られているのは紙パック酒になるからね。やはり瓶の方がいいな・・・という古い人間ですな。

でも・・・今度、月桂冠の紙パックの大吟醸ってぇヤツを買ってみるか?たぶん、大吟醸なんだなぁ・・・という感想が得られるんだろうな。

 

さて、本日の藤だ。

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雨の藤

昨年の藤の開花状態からすると、一週間以上はそのプロセスが早い。確かに今年の春は前倒しという感じだな。

 

大阪の新型コロナウイルス感染者数が1000人突破と、厳しい状況になっていることが気がかりだ。そうなることが明らかなことが、確実に実現されていくというような現実がある。危機を未然に回避するということは出来ないことなのだろうか?一通り経験して解決していくというのが人間という動物の習性なのだろうか?

「全然楽しくないゴールデンウィークが待っている・・・」とは小池東京都知事の言葉だが、それは都民に対しての脅しなのか、独白なのか、焦りなのだろうか?変異ウイルスはあらゆるコトが前倒しで起こる。そのスピードに誰もついて行くことが出来ない。ウイルスに関する認識の前提が崩れたのに・・・政治家は尚更頑なだ。たぶん、彼女は苛つき、怒っているのかもしれない。でもねぇ・・・クリスマスを前にしたメルケルさんの言葉のような切実さは感じられない。その原因はシンプルだ。象徴性の欠如ということ・・・シンプルにして困難な問題だ。

まあ、感動があったからといって実効性につながるとは限らないんだが・・・あらゆるモノ、コトがエンタメの一種として大量消費されていってしまうからな。これは、19世紀から20世紀に書かれた、数冊の思想哲学書に危惧されていたことだな。

 

本日、太字とその色の繋がりを考えて書いてみたな。アンダーライン部は、ある有名な書の要約引用だな。