Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

妄想記録・・・福沢第一発電所周辺を散策

水力発電所っていうのは、子供の頃から気になる存在だった。火力発電所なんていうのは面白くもない。原子力発電所っていうのは違った意味で気にはなる。でもまあ、マニアックにアレコレと知識を深めて足繁く各地を見て回る、というようなマメさはワガハイにはない。ただ、出先にそういう設備があればザックリとその周辺を散策するだけだ。

別に水力だから環境に優しいというワケではない。川から取水する設備には魚道が設けられているが、果たしてどの程度の魚が遡上出来るのか?と、疑問に感ずる設備も多々ある。山中を水路やトンネルを設けることで水を導き、落差を利用して発電するには、それなりの取水を行なうから川の水かさが減る。取水設備より下の河原が干上がっている景色を見ることもある。これも、環境負荷が無いとは言えない状況だろう。

まあ、設備を作ってしまえば火力発電のように大気汚染や二酸化炭素排出に悩むコトも概ね無かろう。原発のような厄介な廃棄物を出すこともなく、設備を撤去するにも防護服に身を包んで何十年も掛ける必要もないだろう。

しかし・・・電気を得るために人間は大がかりな装置を必要としてしまったもんだ。それに比べて最近の太陽光発電は、ペラいパネルを仮設足場みたいな感じで並べているワケで、ナンとも軽い存在のモノになった。技術革新というのは、こうしてドンドンとナニゴトも軽いモノに変化してきた。そして、これからもそういう傾向がつづくのだろう。

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発電所上側の図

だが、存在の軽さは面白みには欠けることもある。デジタルよりもアナログで価値観が形成されてきた世代だからだろうか?だから正直いえば電気自動車っていうのは興味がわかない。内燃機関崇拝者では無いんだが、例え単気筒や2気筒でも発熱して振動するエンジンっていうのには、魅力を感じざるを得ない。だからといって、水素を燃やせばイイとも思わないが。

トヨタは考えただろうか?それは木炭自動車だ。とても洗練度の高い木炭自動車だ。雑木林を増やして大気中の二酸化炭素を吸着させて、それで木炭を作って自動車を走らせる・・・古の雑木林のある風景が復活するんだな。農村風景が最先端の風景となるのだ。一見すると農村風景なんだが、ソコは凄い技術革新が隠れていて、高効率の農業生産性があったりする。自動車メーカーは、雑木林再生のプロフェッショナル集団ともなるのだ。

いいよなぁ・・・雑木林にはカタクリの花が咲き乱れるかもしれない。

ウ~ブンシティねぇ・・・ワガハイ的には発想がゼ~ンゼン新鮮に思えない。従来の意識に固着した、発想にもなっていないプランに思われる。富士山麓に人工物を作って、それが実験的な街だとしてもそこに人が住むわけだ。毎日富士山を見ることが出来てイイんだろうか?まあ、トヨタの技術力だから、富士山が噴火してそこに暮らす人々の生命を守る安全装置を開発するんだろうな。それはそれで、期待したい技術だな。

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発電所下側の図

雑木林の生産力では、やっぱりエネルギーを賄いきれないんだろう。だが、エネルギーは無尽蔵に使えるワケではないから、節約レベルでは解決つかないだろうから、生活様式っていうのも徐々に変化させて行かなければならないんじゃなかろうか?

ああ、でも森や林、草花の多い風景は維持発展していって欲しい。こればかりは火星移住したところで得られるとは限らない、地球ならではの美しさなんじゃないかいな?

なんか小耳に挟んだんだが・・・月に小型原子炉だって?ソレって原子力潜水艦みたいな感じで発電設備を作るってぇコトかな?月では水力発電は出来ないだろうし・・・水も無ければ重力も小さすぎるからなぁ。太陽光発電では追いつかない程、月での開発を進めようという魂胆なんだろう。

若い人達にとっては、夢のある話なんだろうか?ワガハイにとっては夢も希望も感じない世界観である。ナンダカンダで、地球の重力を愛しているのである。

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発電所横の坂道・・・この落差で発電なんだな

なんかねぇ・・・水力発電所ってぇヤツは、日本の近代化遺産的な時代の遺物でもあるからな。中身の発電機なんかは入れ替えられているだろうが、とにかく建物は魅力的なんだな。斜面に建てられた建築っていうのは、面白いモノが多かったりするのとも関連するだろう。実際に斜面に作られた住宅で暮らしたことは無いが、建築雑誌などでみる限りでは、面白い物件が多いように思う。建築家も腕が鳴る条件なんだろうかね。

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発電所入口の門構え・・・今じゃこの重厚感は作れない?

上画像・・・この門構えの先に太陽光パネルが並んでいたら、それはもうビックリ仰天だねぇ。そういうコトをやってくれたら、ワガハイ的には嬉しいけどねぇ。やっぱり物量の・・・量塊性なんていうコトバがあるが・・・死語かなぁ?モノのカタマリの魅力っていうのはあるよなぁ。

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銘板がいいもの・・・

石材っていうのは再利用出来るからな。大昔は墓石だって城の石垣に使われたりしたんだからな。だから木とか石とかの天然の素材っていうのは、迂闊に切ったり割ったりすると素材としての可能性は減っていくワケだから、その価値を如何に減らさずに付加価値を高めるか、っていう使い方をするのが賢者であった。

水力発電所が使われなくなったら、発電機内の銅線だって、様々な金属類だって再生可能な素材だ。コンクリートも再生出来るというし・・・。案外、アナログ的なモノは大がかりに見えるけど、使い方によっては大いに再利用出来るコトがいっぱいあると思うのだが。

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落差があるから階段は避けられない

「福沢第一発電所」は、戦前の1931年(昭和6年)に発電を始めているみたいだ。落差9メートル弱といったところの地形的な段差を利用している。さほど大きな発電量ではないだろうか、酒匂川沿いには幾つかの小さな水力発電所が連なっている。マニアにとっては堪らない地域だろうなぁ・・・これで日本酒好きだったら「丹沢山」買って帰れば、これらの発電所の画像と記憶をツマミに旨酒時間を過ごせるだろう。

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全景っていうのは撮りにくいねぇ

戦前ならば、こうした設備で世の中が動いていったんだろう。やっぱり節約と効率化っていう基本に関する劇的な改革も必要でしょうな。洗練度を高めた懐古趣味っていうのも、可能性はあるように思うんだなぁ。

 

以上、神奈川県南足柄市にある福沢第一発電所周辺を散策しつつ、妄想したコトを書きましたな。