Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする男の戯言記録

旨酒讃美!「杉錦 エドノアキザケ」「新酒 丹沢山」

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エドノアキザケ

立寄る酒販店っていうのもだいたい決まってくる。自分の行動半径内で、贔屓な酒を扱っているお店を選ぶことになるから、そういうコトになるに決まっている。だが、少しよ~く考えてみると、贔屓な酒が置かれている酒販店の分布によって、行動範囲が決められているのではないか?とも思う。

そして面白いコトに、一銘柄でも好みの酒を扱っているお店っていうのは、他にもワガハイ好みの酒を置いてあるものなのだ。かなり取扱い銘柄を厳選されているお店でも、「ありゃ?この酒もあるんですねぇ~!」なんていう話になって、店主と盛り上がってしまったりする。

まあ、コロナ禍になってからは話に花を咲かせるのもナンなんでねぇ・・・言葉数制限みたいになって無駄口が減った。その分、ブログで無駄な言葉を羅列することになるんだな。内容に対して必要以上に無駄な文が多い当ブログである。それは十分に自覚している。だがとまらない・・・これもまた欲求であり煩悩であろう。

もう少し我慢すれば除夜の鐘で煩悩も消え去る・・・ってな生易しいコトならば、世の中の諸問題は解決する筈である。そしてその煩悩によっては感染拡大の要因となってしまう。故に、感染者数が減れば気も緩んで上昇に転ずる。上がれば下がる、下がれば上がる・・・何度も繰り返すうちに学ぶこととはなんだろうか?気を緩めるタイミングを掴むコツだろうか?

 

ワガハイはかつて忘年会で散々インフルエンザに罹患し、寝正月を過ごした経験から、多人数の忘年会というのは逃げて今日に至っている。まあ、こういうのを数回断っていると誘いも無くなるもんだが、案外世の中には同じ様な人が居るもんだ。

「多人数だと酒が不味くなる・・・」

と、こういう人もいる。では一人酒はどうなんだろうか?酒の物理特性は人数に関わりはない筈だから、要は心理的な問題だけであろう。居酒屋で見ていると、カウンターで大将と時々会話をしながら呑んでいるっていう姿が、まあ概ね一人酒なんじゃなかろうか?

ん~~~~、やっぱり心理的な要素が大きう御座いますなぁ・・・酒のお味は。雰囲気や楽しさも含めての酒の香味っていうのが、フツ~の楽しみ方だろうなぁ。

そうなってくると、気の合う人と呑むだけではなく、やっぱり酒そのものを味わう楽しさを共有出来る人と呑みたくなるもんだ。その最強の友と言えたのが義父であった。残念ながら義父は、医者から断酒を言い渡されてしまったのだ。

ああ、ワガハイは最強の酒の友を失ってしまった。酒の呑めない義父なんて・・・もう二度とあの楽しい時間が戻ってこないのだろうか?という嘆きは大きい。特に年末を共にする酒は吟味したものだった。義父と他の山廃杉錦は杯を交わすコトは出来たが、このエドノアキザケはその機会を得なかった。

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裏ラベルだ

ま、その代わりに妻が義父の呑み方に近づいてきているようにも感ずる。それは果たしてど~なんだろう?顔つきも似てきたように思う。それを言うと当人は嫌な顔をするのだが、女性は父に似ることを嫌がるんだろうか・・・ま、それは親次第であろうか。ワガハイはナニに似ていようとド~でもイイんだがねぇ・・・ド~にもならんコトだから。

だが、モノは考えようである。義父が断酒を言い渡されていなかったら、このコロナ禍はより苦痛となっただろう。コロナ禍だし、仕方ない・・・と、断酒を受け入れやすくなっているかもしれない。

 

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昨年のエドノアキザケと比べて、今回のモノは酸度が下がっているだけではなく、口当たりがよりマイルドになっていた。それは今季の購入が遅れたというコトもあるかもしれないが、全量「誉富士」を使っているというのも影響があるだろう。この酒米は当り柔らかな香味になるように思うからだ。そして、結果的には呑みやすいと言う人が増えると思う・・・間口は広くなったな。ワガハイ的には昨年のシャープさも捨てがたいんだが、でも今回のも美味なんだなぁ・・・なんとも優柔不断なんである。

 

しかし、もう新酒の季節なんである!川西屋酒造店の新酒「丹沢山たれくち」は既に出荷されているし、「隆 美山錦55%生酒・生原酒」も出荷された。そろそろ「丹沢山 純米吟醸しぼりたて生」が出てくる頃だろう。ワガハイは殆ど入れ食い状態になってしまいかねない。もう、酒販店に勧められるままである。

ワガハイはお気に入りの酒ならば、一人酒でも結構楽しい。酒瓶のラベルと対面しながら杉井酒造の蔵の風景や杉井社長を思い出し・・・丹沢山でも同様である。そしてその作り手と酒を賞賛しながら呑むというのは幸せである。

作り手を賞賛し、美酒を喜び・・・感謝しながら呑む酒は最高!

まあ、気の合う仲間と呑めればそれに越したコトはないが(蔵元と呑めると面白いケドねぇ)。

ああ、贔屓の酒販店のハシゴは止めておこう。煩悩に苦しめられるだけだな。

 

昨日に続き福沢第一発電所界隈の散策・・・石碑・石仏と福澤神社

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文命堤・大口広場 石碑に対しては正面

昨日の当ブログで書いた神奈川県南足柄市「福沢第一発電所」に隣接する場所である。神社があり、駐車スペースがあり、酒匂川の堤防には桜が植えられていて、ちょっとした公園になっている。酒匂川の堤防上に設けられたサイクリングコースの起点(終点)でもある。

県道720号際に石碑が並んでいるが、その様子からして集められたんだろうなぁ。

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撮影:2021年12月2日

大きなイチョウの彩りが凄い。

この辺りは、南足柄市山北町の境目になっている。そして暴れ川の酒匂川が、山間部から平野に流れ出すところなので、大昔には何度も流れを変えて、富士山の宝永噴火の後には決壊するなどの災害が発生したと伝えられているらしい。大変な場所だが、古くからの治水工事を見ることが出来るし、地形的にも興味深い場所だ。ナンダカンダでワガハイは、この界隈で一休みするコトがある。近くのコンビニでにぎり飯を買ってきて、桜の木の下で昼飯にすることもたまにある。

ただ、今でも川の水量が増えれば流れは荒く、危険なんだろう。河原へ降りられる場所は限られているようで、目の前の流れの際に下りるには難儀する。だから河原で昼飯を食べるには、もう少し上流に行った岩流瀬の橋辺りから水際に下りるコトになるんだが、するとまた別の興味あるエリアになってしまう。この辺りのコトは、またの機会に書くことにしよう。

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道路(県道720号)側からみた石碑群 石碑裏側の図

石碑がガードレールのような位置にあるからなぁ・・・クルマが突っ込むとちょっとねぇ?まあ、いろいろな事情があってこの位置になっているんだろうが、もう少しなんとかならなかったかな。ちょっと心配。割と交通量の多い道路だからな。

事故が多いのか、取り締まりに便利なのかワカランが、警察車両が停まっていたり、警官が立っていたりするのも見かけることが多いような気がする。時々通過するワガハイが頻繁に見かけるのだから、ほぼ毎日この界隈の何処かで取り締まりがされているのかもしれない。

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風化がすすんでいて文字が読めるものは限られる

雨には空気中の二酸化炭素が含まれているから、弱酸性だということを聞いたな。地球温暖化で大気中の二酸化炭素濃度が高くなれば、雨の酸度も上がるのだろう。そして気温も高くなるから化学反応は進みやすくなる。ということで、こういった石碑の風化は進みやすくなるっていうコトだろう。

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表側を見ると馬頭観世音

馬頭観世音菩薩だから、人身で馬の頭だったり(馬頭人身)、馬の頭飾りがあった(人面馬冠)する。だが江戸時代以降の場合は馬の供養として碑が建てられるコトが多くなった・・・と、昔、古老から聞いたなぁ。また、東日本に見られるものらしい。

こうした石碑が田畑の脇にも見かけられる。農耕に使われた馬が、ただの道具ではなくて家族を支える大切な命だったという情の現われだろうなぁ・・・その命を記念せずにはいられなかったんだろう。

なんかねぇ・・・馬肉が美味いのナンのって言っているワガハイは、怒られてしまうだろうか?馬頭観音を見ていると、それが単なる動物供養には収まらない信仰のように感ずる。

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説明板

この石碑群の説明は、なんとも手作り的なモノが立てられていた。一箇所判読不能な文字があるので、そこは以下の書き写しでは「 □ 」としてある。多分・・・8月というコトだと思われる。その根拠は川施餓鬼に関して「8月下旬」との記述が神奈川新聞(カナロコ)2012年9月9日の記事に見られるからだ。

 

大口の地蔵さんと
馬頭観音さんの祭り(川施餓鬼)

 宝永5年(1708)の洪水や享保19年(1734)の
大洪水などにより亡くなられた多くの方や流さ
れた馬の霊を弔うため、文命堤に地蔵さん、馬頭
観音さんの石碑や石仏が建立され、地元斑目
が毎年□月に供養祈祷をするようになったと思
われる。
 昭和初期(12年頃まで)にはこの石碑・石仏の
周囲に麦わらで小屋を作り祭壇を設け珠明寺住
職による祈祷が行われ、最後には小屋に使った
麦わらを竹竿に巻きつけ、松明を作り酒匂川に
流した。
 今日では斑目老人クラブの人たちにより毎年
8月22日公民館にて川施餓鬼として珠明寺住職
を招き供養が行われている。
平成20年 南足柄市 生涯学習課編
平成24年 斑目老人クラブ 修復

上記述内の「珠明寺」というのは、南足柄市運動公園隣の臨済宗のお寺だと思われる。

 

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福沢神社の夕方・・・冷えるねぇ

石碑の先には福澤神社があり、福沢第一発電所もある。昔々、水害の発生した場所に建つ神社と発電所・・・水のエネルギーの強い所だから、水力発電所があるっていうコトかなぁ?

で・・・この神社には以下のような説明板があった。

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右半分は名前が並ぶから・・・一応カットしておく

移築というか、道路拡幅の為に動いているんだな。

 

福澤神社社殿移築完成記念

趣旨
 「福澤神社」は、明治42年(1909)に福澤村内の11神社を文命社に合祀し、文命堤内地に建立され、本年は百年にあ
たる。また、文命堤は昭和41年(1966)に南足柄市文化財に指定された。
 近年福澤神社は、老朽化が進みその対策が急務となっていた。一方、神社周辺の道路は狭く周辺地区からの交通量の増
加にともない県道怒田・開成・小田原線の道路拡幅整備が計画され、道路の一部が神社内にかかり、社殿及び石造物群の移
転問題が発生した。

 平成14年(2002)に福澤神社総代会は、このような事態に対応するために「道路拡幅にともなう神社老朽化、石造物群
移転、土地問題等」ついて検討することを決議し、「福澤神社検討委員会」を設立し、社殿の老朽化対策の検討を始めた。
 福澤神社検討委員会は、平成14年(2002)~平成18年(2006)の5年間に亘ってこの問題を討議し、文化財的な価値
を有する神社建築物等の老朽化対策上から神社土地及び建築物や石造物群等の恒久的な保存に十分配慮し、損失補償等
を関係者と計画的かつ重点的に検討し、道路拡幅整備計画に対する神社がとるべき方向について答申した。
 平成19年(2007)に福澤神社総代会は、「福澤神社建設委員会」を設立し、6名が共有の社殿敷地の寄贈、境内地に存
在する国有地の払い下げおよび公道の処理を行なった。公道の処理は、上怒田・斑目自治会の協力による代替処理を行なった。ま
た、高橋俊行氏からの一部私有地の寄贈等により、社殿の移築先用地が確保された。

 平成20年(2008)8月から社殿移築を開始し、平成21年(2009)3月に社殿移築工事が完成した。設計・管理・監督は
中津川建設設計コンサルタントに委託した。社殿の移築工事は瀬戸建設(株)、外構工事は地元の(株)永田組・(有)石塚
石材・(株)川上建設、水道工事は(有)石澤設備工業が請負った。また、神輿は(株)日本木工振興が復元した。
 境内地の北西に位置する田中丘隅(きゅうぐ)が建立した石造物群は、市教育委員会・市文化財保護委員会・足柄史談会等の
協力を得て、境内地北東側に移転した。石造物群の調査時に文命宮祠とみられる一部が見つかり、台座石および笠石が不明の
ため文命西堤の文命宮を参考に台座石と笠石を復元した。

 ここに、福澤神社の社殿移築の完成により、氏子中の安寧と安全を祈願し、
福澤神社の移転に携わった各位を記し、記念版を奉納する。

平成21年4月吉日
福澤神社 建設委員会

こちらの説明板はしっかり作られているから、そう簡単には文字が消えることはないだろう。でもねぇ・・・こういうのって一回作ると、メンテナンスが為されることって少ないのでは?消えそうな文字をなぞっておいてくれるだけでも違うんだがなぁ。

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福澤神社正面の図

ま、しっかりとこの神社を撮影するなら、午前中の方が光の具合は良さそうだ。上画像は夕方の撮影だからな。でも師走っていう季節は日没が早いから、一仕事終えて休憩で立寄るとこんな感じの撮影条件になってしまう。

 

昨日の当ブログでの福沢第一発電所とあわせて、この辺りを散策したというコトだった。駐車もしやすいし、息抜きにイイ感じですな。でも、歴史を紐解くとディープな世界だ。神社の移築っていうのも、大変なんだなぁ・・・個人で決められないからなぁ。

 

妄想記録・・・福沢第一発電所周辺を散策

水力発電所っていうのは、子供の頃から気になる存在だった。火力発電所なんていうのは面白くもない。原子力発電所っていうのは違った意味で気にはなる。でもまあ、マニアックにアレコレと知識を深めて足繁く各地を見て回る、というようなマメさはワガハイにはない。ただ、出先にそういう設備があればザックリとその周辺を散策するだけだ。

別に水力だから環境に優しいというワケではない。川から取水する設備には魚道が設けられているが、果たしてどの程度の魚が遡上出来るのか?と、疑問に感ずる設備も多々ある。山中を水路やトンネルを設けることで水を導き、落差を利用して発電するには、それなりの取水を行なうから川の水かさが減る。取水設備より下の河原が干上がっている景色を見ることもある。これも、環境負荷が無いとは言えない状況だろう。

まあ、設備を作ってしまえば火力発電のように大気汚染や二酸化炭素排出に悩むコトも概ね無かろう。原発のような厄介な廃棄物を出すこともなく、設備を撤去するにも防護服に身を包んで何十年も掛ける必要もないだろう。

しかし・・・電気を得るために人間は大がかりな装置を必要としてしまったもんだ。それに比べて最近の太陽光発電は、ペラいパネルを仮設足場みたいな感じで並べているワケで、ナンとも軽い存在のモノになった。技術革新というのは、こうしてドンドンとナニゴトも軽いモノに変化してきた。そして、これからもそういう傾向がつづくのだろう。

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発電所上側の図

だが、存在の軽さは面白みには欠けることもある。デジタルよりもアナログで価値観が形成されてきた世代だからだろうか?だから正直いえば電気自動車っていうのは興味がわかない。内燃機関崇拝者では無いんだが、例え単気筒や2気筒でも発熱して振動するエンジンっていうのには、魅力を感じざるを得ない。だからといって、水素を燃やせばイイとも思わないが。

トヨタは考えただろうか?それは木炭自動車だ。とても洗練度の高い木炭自動車だ。雑木林を増やして大気中の二酸化炭素を吸着させて、それで木炭を作って自動車を走らせる・・・古の雑木林のある風景が復活するんだな。農村風景が最先端の風景となるのだ。一見すると農村風景なんだが、ソコは凄い技術革新が隠れていて、高効率の農業生産性があったりする。自動車メーカーは、雑木林再生のプロフェッショナル集団ともなるのだ。

いいよなぁ・・・雑木林にはカタクリの花が咲き乱れるかもしれない。

ウ~ブンシティねぇ・・・ワガハイ的には発想がゼ~ンゼン新鮮に思えない。従来の意識に固着した、発想にもなっていないプランに思われる。富士山麓に人工物を作って、それが実験的な街だとしてもそこに人が住むわけだ。毎日富士山を見ることが出来てイイんだろうか?まあ、トヨタの技術力だから、富士山が噴火してそこに暮らす人々の生命を守る安全装置を開発するんだろうな。それはそれで、期待したい技術だな。

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発電所下側の図

雑木林の生産力では、やっぱりエネルギーを賄いきれないんだろう。だが、エネルギーは無尽蔵に使えるワケではないから、節約レベルでは解決つかないだろうから、生活様式っていうのも徐々に変化させて行かなければならないんじゃなかろうか?

ああ、でも森や林、草花の多い風景は維持発展していって欲しい。こればかりは火星移住したところで得られるとは限らない、地球ならではの美しさなんじゃないかいな?

なんか小耳に挟んだんだが・・・月に小型原子炉だって?ソレって原子力潜水艦みたいな感じで発電設備を作るってぇコトかな?月では水力発電は出来ないだろうし・・・水も無ければ重力も小さすぎるからなぁ。太陽光発電では追いつかない程、月での開発を進めようという魂胆なんだろう。

若い人達にとっては、夢のある話なんだろうか?ワガハイにとっては夢も希望も感じない世界観である。ナンダカンダで、地球の重力を愛しているのである。

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発電所横の坂道・・・この落差で発電なんだな

なんかねぇ・・・水力発電所ってぇヤツは、日本の近代化遺産的な時代の遺物でもあるからな。中身の発電機なんかは入れ替えられているだろうが、とにかく建物は魅力的なんだな。斜面に建てられた建築っていうのは、面白いモノが多かったりするのとも関連するだろう。実際に斜面に作られた住宅で暮らしたことは無いが、建築雑誌などでみる限りでは、面白い物件が多いように思う。建築家も腕が鳴る条件なんだろうかね。

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発電所入口の門構え・・・今じゃこの重厚感は作れない?

上画像・・・この門構えの先に太陽光パネルが並んでいたら、それはもうビックリ仰天だねぇ。そういうコトをやってくれたら、ワガハイ的には嬉しいけどねぇ。やっぱり物量の・・・量塊性なんていうコトバがあるが・・・死語かなぁ?モノのカタマリの魅力っていうのはあるよなぁ。

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銘板がいいもの・・・

石材っていうのは再利用出来るからな。大昔は墓石だって城の石垣に使われたりしたんだからな。だから木とか石とかの天然の素材っていうのは、迂闊に切ったり割ったりすると素材としての可能性は減っていくワケだから、その価値を如何に減らさずに付加価値を高めるか、っていう使い方をするのが賢者であった。

水力発電所が使われなくなったら、発電機内の銅線だって、様々な金属類だって再生可能な素材だ。コンクリートも再生出来るというし・・・。案外、アナログ的なモノは大がかりに見えるけど、使い方によっては大いに再利用出来るコトがいっぱいあると思うのだが。

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落差があるから階段は避けられない

「福沢第一発電所」は、戦前の1931年(昭和6年)に発電を始めているみたいだ。落差9メートル弱といったところの地形的な段差を利用している。さほど大きな発電量ではないだろうか、酒匂川沿いには幾つかの小さな水力発電所が連なっている。マニアにとっては堪らない地域だろうなぁ・・・これで日本酒好きだったら「丹沢山」買って帰れば、これらの発電所の画像と記憶をツマミに旨酒時間を過ごせるだろう。

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全景っていうのは撮りにくいねぇ

戦前ならば、こうした設備で世の中が動いていったんだろう。やっぱり節約と効率化っていう基本に関する劇的な改革も必要でしょうな。洗練度を高めた懐古趣味っていうのも、可能性はあるように思うんだなぁ。

 

以上、神奈川県南足柄市にある福沢第一発電所周辺を散策しつつ、妄想したコトを書きましたな。

 

新酒・旬酒・・・「相模灘 特別本醸造 無濾過生酒」「ロリアン マスカット・ベーリーA2021」

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新酒の季節到来!

気になる秋酒も呑みきれないうちに、彼方此方の蔵から新酒が続々と売り出されている。今季の酒造りがどの様な感じになるのか、最初の生酒の売り出しは楽しみでならない。ボージョレヌーヴォーに期待するのにも似ている。先ずは本醸造から仕込みがスタートする蔵が多いので、「相模灘」はコストパフォーマンスの優れた特別本醸造酒の無濾過だな。

これは相模原市緑区にある久保田酒造の蔵直売所で購入した。

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相模灘 特別本醸造 無濾過生酒

一本は特別本醸造のしぼりたて無濾過生酒で、もう一本は”にごり”の特別本醸造無濾過生酒である。にごり酒は、普通に取り扱っていれば吹きこぼれることはないだろう。だが、瓶を寝かすことは避けなければならない。幾らか発生する瓶内のガス抜き弁?が栓に仕込まれているからだ。瓶は立てて移動し、立てて冷蔵保管することが注意点だ。にごり酒でなければ寝かせて保管しても中身が漏れるコトはない。

というコトで、我家はにごりではない特別本醸造酒は一升瓶で購入し、にごり酒は四合瓶で購入した。なぜなら一升瓶は冷蔵庫内で縦置き出来ないからだ。そういったコトも考慮して買わないと後で面倒になる。

どちらも美山錦を60%精米で仕込んだようだ。特別本醸造とはいっても、アルコール添加量は少なめと思われ、ほとんど純米吟醸酒に近いような感触の味わいになっていた。これから無濾過生酒が次々と売り出される。楽しみだが、呑みたい新酒は相模灘だけじゃないからねぇ・・・。

 

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ロリアン マスカット・ベーリーAの新酒

山梨県勝沼の白百合醸造で購入したマスカット・べーリーAの新酒である。ワイン通の方々の中には、マスカット・べーリーAを小馬鹿にする人もおられる。で、それはガチガチのフランス料理のフルコースの中に置かれたなら、ちょっと合わない香味になるだろう。だが、和風に寄ったフランス料理ならば丁度良くバランスすることもあるだろう。何より日々の夕食のお供としては、合わせやすいワインの一つだと思う。

ここ数年、ワガハイの中では好評の連続であるロリアン・ワインだが、このワインも呑みやすい一本だった。新酒らしい若々しさは、生食の機会も得やすいベーリーAならではの楽しみも得られる。

葡萄を食べるとき、皮を剥いて食べるだろうか?種はどうするだろう?ワガハイは基本的に皮は食べる。そして種も時々かみ砕いて、渋味を加えて果実を味わう。そういう食べ方を子供の頃からしてきた。まあ、葡萄の食べ方に関してはチョット変人ではあろう。だが、そういう食べ方に慣れていると、ワインを呑むときに・・・ああ、この渋味は皮のものだな、とか、種由来の苦味だな、などと良く分かる。種周辺の果肉の酸味であるとか、そうしたいろいろな味がワインの中に溶け込んでいるのである。

そして、マスカット・べーリーAの果実の甘味が、アルコールに変わったと思うと、そのワインの味わいにナルホドと合点することになる。そしてこのワインは無理なく素直に造られたのだなぁ・・・と思う。以下リンク先でもロリアン・セラーマスターが直球勝負と思ったが、この新酒なら尚更である。

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難しいコトを考える必要もなく、語るコトもなく、自然体で日々の食卓を楽しく快適にしてくれるワイン。ハンバーグでも肉じゃがでも美味しく頂けますな。

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裏ラベル

このワイン・・・ただ一つ言えることは、熱燗には向きそうにないというコトだ。この領域は我家においては「丹沢山 麗峰」の独壇場ですな。でも裏ラベルの記述にある10~15度というお勧め温度帯よりも高めでも、特に問題はないと思う。グラスの中で室温に近くなった(20℃)ものも、柔らかい物腰の味わいで優れモノだった。

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上リンク先で書いたように、遂に勝沼に行った時に、この「ロリアン マスカット・ベーリーA」の新酒を購入した。ベーリーAは収穫遅めだからねぇ・・・新酒も最近発売になったみたいだ。

 

新酒ってぇヤツは、やっぱり旬でイイやねぇ。

 

「特別給付金」と入力したいのに「特別本醸造酒」と変換するワガPC

「18歳以下への特別給付金」について、全額現金支給なのかクーポン併用なのかと混乱している。即決即金が受取る側からすれば最も都合が良い。だからウダウダされているとイラつく。当初の方針から様々な批判を受けて二転三転するから、自治体からも不満が出る。岸田首相はブレていると言われだす。

なんでこうなるか・・・選挙公約時点での制度設計の見通しが甘い、というよりも熟考されていなかったからこうなった?んだろう。まあ、どのみち始まりは不完全なものであり、様々な意見や事情を考慮して議論すれば、二転三転するのは当然のナリユキであって、それが悪いコトとは思えない。

 

昨日も書いたが、一石二鳥以上の目的が課せられている「特別給付金」だから、一つの目的を優先してコトを詰めていけば、もう一つの目的が緩くなってしまうのは当たり前だ。優先順位は一体ナニなのか?それを考えれば自ずと方針は定まる・・・というのは現実的ではなく、実際の優先順位っていうのは立場それぞれでバラバラなもんだ。一致するコトは難しいだろう。

 

例えるなら・・・学校の美術室にあった石膏像を描くという、あの最も美術表現からかけ離れた修練だ。だが、ソックリに描けたかどうか、ではなく、描いていくプロセスというのは結果に表れるのである。そのプロセスというのは手順と技法が関係してくる中での設計力が問われる・・・コレをデッサン力という(デッサン力は描写力と完全一致しないので混同されないように)

まあ、政治のデッサン力っていうのもあるとは思うのだが(ナニかから、最もかけ離れたコトをやっているようにも見える政治だが)、それは「全体の見通しをたてる力量とも言えるカナ?」は、この「特別給付金」に関しては、とりあえず描き出しの時点で骨格が歪だったんだろう。だいぶ消しては描き、描いては消す、を繰り返したというようにワガハイには見えた。

 

ソモソモ、10万円配ったからといって問題解決がなされるとは思えないが、社会保障制度のデッサンが狂っているんだから仕方ない。憲法25条1項「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」を実現するために、2項では「国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」となっている。

1項では「権利を有する」というワケだから、もちろん権利を放棄する自由もあろう。だが、「公衆衛生」の維持向上の為には国(社会全体)としてややお節介かもしれないが、その権利を放棄させないように「努めなければならない」ってぇコトだろう。25条に関連する法整備がチープだっていうのも、この条文の解釈が抽象的でやり辛いコトが壁になっているみたいだが、まあ、法整備がされていなくても現在の日本では限りなく憲法違反状態なんじゃなかろうか?と、ワガハイは思う。

ややお節介かもしれない・・・というコトが、社会保障を考えるときに大切だと思いますな。年越しはナニかと物入りで、自治体の都合も絡んでくるのかもしれないが、「特別給付金」が年内に支給されれば助かる方々もおられるだろう。まあ、置かれた状況は人それぞれだが、そのお金が子供に使われようと親の事情に使われようと、その家庭の苦境を幾らかでも緩和出来るならば、子供たちへの幸いに繋がることもあるだろう。

 

でもまあ、戦後、社会保障の始まり・・・北欧の例も学んで日本型の制度を作った。それもまた、その時の社会の事情とお国の事情で出来たというのは仕方ない。だがその後に前提となる条件が余りにも変化してしまったのだから、もう一度デッサンを見直さないとダメだろうなぁ・・・ま、そういうコトを言っている人はいるけどね。

だいたい、北欧の制度の表面だけ見て学んでくるからなぁ・・・なんで彼の地でそれが成り立つか?っていう根底は、日本では実現不可能なのにねぇ。昔、社会保険庁を退職した人と、このコトで喧嘩してましたな。

 

とにかく、岸田首相がブレまくっている・・・のか?・・・ように見えるのか?は分からないが、ごり押し傲慢言葉足らずで押し切っていくよりは・・・とりあえずだがマシにも思えるんだが。

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ブレのない画像・・・川の中洲を橋上から見る

国土交通省が「建設工事受注動態統計」を書き換えていた・・・これもねぇ、呆れかえるけれど、昔から議事録は改ざんされるもんだし、そして改ざんされた議事録を盾に保身を図る輩というのは居たもんだ。その時の権力に都合が良いようにモノゴトは解釈されるしねぇ。歴史解釈が日本と周辺諸国とで異なるコトでも分かるよねぇ・・・真実は何処にあるんだろう?あまり自国を讃美し過ぎるのは注意した方がいい。そしてそれは他国においても。学者さんたちが地道に資料を探して意外な発見も聞かれる昨今、それでも真実は遠いとしてもクールな判断資料を待たねばならん。

まあ、書き換えた統計も、ある程度は修正されるんだろう・・・出来るのかな?ソレだけ修正出来たとしても、改ざんされた統計から導き出されたイロイロなものまで修正するの?大変だねぇ。

 

**********

 

でもまあ、いちばんアタマにきているのは森友問題「財務省の決裁文書改ざん」の一件だ。このニュースは憤慨!腐った裏側があるっていう証しだろう。国は賠償責任を認めた・・・認めたから尚更アタマにくるっていうのは、素直に認めたとは受け取れないからだな。

「認諾」ってぇヤツは確定判決ってぇコトと同義だよなぁ。悪賢い幕引きをしたなぁ。こんなコトやっているから、まともな人は国の中枢部へは関わりたくないと思ってしまうだろう。そうして妙な輩の巣窟となって行くんだろうか。

政府の保身術は、一時的には保身になったと思っているのかもしれない。だが問題となる人達は安眠出来ているのだろうか?「悪い奴ほどよく眠る(1960 監督:黒澤明」ですかなぁ?また、綻びは現れるだろうし、保身が身を滅ぼすことに繋がるだろうなぁ・・・。

ナルホドねぇ、呪われもするかもしれない。何処かの大邸宅に幽霊やら妖怪が出るコトもあるだろう。呪いってぇヤツは、自分で掛けちゃうコトだからなぁ・・・オマエはスデニ呪われている、ってぇコトだろうな。

昨日のブログの続きみたいなもんだが・・・やっぱりねぇ、公邸では幽霊見ちゃう人もいるだろうな。

 

※ デッサン力=デザイン力=計画力・・・である。石膏像を書くコトを石膏デッサンなんて言うが、ありゃ石膏計画力ってコトだな?

 

幽霊話しが出てくるっていうのは後ろめたい・・・ナニかがありそうな?

一石一鳥のプレゼンでは説得力がない。一石二鳥はせめて欲しい。それが一石三鳥や四鳥なら更に良い。そうして色々な利害が絡んで本体が見えなくなってしまう。そうして本来的ではないところで議論が進んで行く。こういう場面は散々見てきたし、十万円給付に関しても同様に見える。

北京オリンピックも、アメリカ等と批判したところで開催国もまた、政治問題化している・・・というコトに気付いていないような不思議?に、ニュースからの情報では見える。オリンピックに絡めて様々なコトを実現しようとするから、妙な雲行きになってしまう。スポーツを利用して、およそスポーツとは異なるコトをも実現しようとしているんだなぁ・・・もう一石五鳥でも済まない程、色々な利を得ようとしている。

 

ま、台湾のコトでは危機感は分かるが、危機を作り出しているのは人間の問題なのであって、自然相手の問題ではない。アメリカでの竜巻のように、ど~にもならん災害に対して、戦争は武器を捨てればイイのだ。だが、武器ってぇヤツは侍の刀ではないが、国家の威信だからねぇ・・・プライドってぇヤツは面倒くさいわなぁ。

戦争は最もエコに反する。せっかく長年かけて築きあげてきたモノゴトを廃棄物にしてしまう。それでも、爆薬が炸裂してあらゆるモノを破壊するならコトはまだ単純だが、環境汚染を起こして長いこと問題を引きずるコトとか、ココロの問題であるとかの方が厄介だ。

そんなコトは既に学習済みであって、戦いは割に合わないというのが・・・大国には分からないんだろうか?戦ったら勝ち負けに関わらず、経済的ダメージを喰らうよなぁ・・・アメリカにしても中国にしても、日本にしても・・・軍需で潤う?

ま、ワガハイのような凡人には想像も付かない、ゼ~ンゼン関係ない問題で摩擦は起っているんだろう。そしてそれをカモフラージュする方策が講じられている?と、勘ぐりたくなる。大国には十手二十手先を読む天才がいるのだろう。先を読みすぎて恐怖に駆られているかもしれない。そしてその天才は、天才ゆえに身体的感覚が欠落していて(頭でっかち)、地球温暖化なんて眼中にないのかもしれない。

 

案外、人権なんてどの国でも淡いもんであろう。本当に人権を尊重するならば、武器を捨てられる筈だ。で、これはキレイゴトに聞こえるかもしれないが、まあキレイゴトなんだろう。だから逆説的に人権尊重というのは、相当に踏ん張らないと難しいことなんだと思う。これってソモソモ理想だからねぇ。未だ日本でも人権尊重が実現しているとは思えないからなぁ・・・憲法違反状態って言ったら言い過ぎかな?

 

ナニゴトも本音と建て前、裏と表があるからねぇ・・・岸首相は公邸に引っ越しというのも、それって当然といえば当然のコトが話題になってしまう不思議さ?官邸に幽霊が出るっていう噂ねぇ・・・幽霊が怖くて公邸を使わなかった先代の方々・・・別に幽霊が表向きの理由ではないだろうが、案外本音は幽霊なのかもしれない。

幽霊やら縁起が出てくるっていうのは、だいたいナニヤラ後ろめたいナニかがありそうな・・・まあ、歴史的に国家統治っていうのは、どこか神秘主義を拭い去れないものがあるけどね。政教分離だから、あからさまに公邸をお祓いしてもらうワケにもいかないんだろう。気分的にはねぇ・・・お祓いでもすれば、少しは気が楽なのかもしれないが・・・。

ワガハイは、お祓いの必要性を感じないタイプなんだがね。それでも、それを必要とされる方を阻害するコトはしないけど。

政治家の方々は人間臭いお仕事だからねぇ・・・それは大昔の武家政治の頃とも、何ら変わらないところがあるだろう。呪い呪われるような、思い当たるフシっていうのも、あるかもしれないねぇ。

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神奈川県道710号萱沼入口付近から見た第二東名トンネル工事 撮影:2021年12月4日

工事も着工前にお祓いしたりするんだろうなぁ・・・最近は住宅建築の場合、お祓いとか上棟式とか、それに伴う宴会とか、見かけなくなったように思う。ワガハイの子供の頃は近所で上棟式(建前)があると、棟梁を囲んで施主がご馳走を用意して、ご近所の皆さんも集まって呑めや歌えのお祭りだったけどな。子供にはお菓子やジュースが用意されているから、チャッカリ宴席の下手に参加して、腹一杯になってたりしたんだが。

それは、工事の無事が、棟梁の技術と統率力だけではなく、近所の皆さんの協力もあった上でのコトであり、そうして一石二鳥以上の効果が上棟式にはあったんだなぁ。

大がかりな上棟式をやっていた頃の大工さんは、つまり木造軸組工法の現場では、手挽き鋸や鑿、鉋を頻繁に使っていた。釘も金槌で打っていた。合板の使用も少なかった。一方、一部でシポレックス(ALC・・・Autoclaved Lightweight aerated Concrete・高温高圧蒸気養生された軽量気泡コンクリート)なんてぇヤツが使われ始めた頃だった。小洒落た人達が旭化成ヘーベルハウスなんかを建て始めた頃だ。

昭和40年代は、建設現場に次々と新しい素材や工法が入ってきて、昔から続く慣わしもまた薄れていった。

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ズームする・・・工事現場周辺の山も紅葉

それにしても第二東名のトンネル工事現場は大がかりだな。やっぱり現場事務所の壁には、神棚などあるんだろうか?昔々、北陸自動車道の工事現場に伺った時には、事務所に神棚があったな。

以下リンク先でも書いたが、ど~も、この工事は自然への侵襲が強いと感じていて、気になるんだなぁ。

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第二東名の建設も、一石二鳥では着工に至らないだろうから、ま、いろいろあるんだろう。とにかく事故のない工事を願う次第。

 

130周年記念ワイン「ルバイヤート甲州」・・・遂に勝沼!

昨日の続きを少し・・・

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昨日(12月13日)夕方のテレビニュースで、神奈川県厚木市内で起きた牛の逃亡事件のコトが伝えられていた。闊歩する黒牛の姿も流れていた。それは元気な牛の姿であり、全然疲れた様子が見られなかった。

というコトで、ワガハイの心配のいくらかは無駄だったのかもしれない。牛さんたちは、予想以上にタフなのかもしれない。人間様が大騒ぎする中、牛さんの表情はなんだか自由に歩き回れて嬉しそう。愛嬌を振りまいているようにも見えた。たぶん、ストレスから解放されて一時の自由を味わったのかもしれない。

ああ、世の中分からないコトだらけだねぇ・・・上の段落部分の記述は「・・・かもしれない」の連発だ。因みに昨日の我家の夕食は、牛ではなくて鶏だったが。

 

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上リンク先では「口蹄疫」のコトについて書いた。毎年この季節になれば、何処かの養鶏場で生じた鳥インフルエンザの発生についての報道がある。そして飼育されていた鶏が穴に埋められてしまう。周辺は石灰が撒かれて真っ白だ。

たぶん、鶏の各々の個体について抗原検査やPCR検査などやっていたらコスト的に合わないし、そんな手間を掛けるだけの人員もいないのだろう。惨い、とか可哀想とか、一応はそういう感情を覚えはするが、人間が生きていくには、非情にならなければならない場面もあるということだろう。現実は市場で、店先で買いたたかれる食材なのである。鶏の抗原検査やPCR検査(全数)などやったとして、そのコストを値段に上乗せすれば、誰がその肉を購入するだろうか?

国民全員が食いつないでいくコトは、実は容易なことではない現実なんである。それは祖父母達が事あるごとに言っていたワケで、敗戦直後の食糧難では「飢え」を経験した彼らの話は、リアルだった。

「飢えるっていうのは、想像出来ない位に辛い。水団すいとんなんていうけど、ほとんど具が無い糊みたいだったから、食べながら空腹になっていく・・・」

「降ってくる焼夷弾の中を逃げ延びたと安堵したら、飢えが待っていた。死んでた方がマシだったのでは、と思ったほど飢えはキツイ。」

そんな話を散々聞かされた。もう、気分は暗~くなる一方だった。だが祖父は言う。

「美味いもん食える時はしっかり味わって、大いに楽しめばいい。感謝を忘れずに大いに快楽に遊ぶ時も、人間必要だ!でも備えも必要だぞ。」

当たり前のコトを言っているだけである。祖父はまたこうも言った・・・

「贅沢もいい。贅も知らなきゃ人間面白くない。」

ワガハイは快楽に遊ぶ傾向が強いかもしれん。一応は反省するのだが、実生活はど~にもならん。飢えを知った男の言う贅沢は、なかなか奥が深すぎるからなぁ・・・ポリポリ。でも、常に飢えの危機というのは現実なんだよな。

 

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130周年記念 ルバイヤート甲州

さて、ルバイヤートワイン(丸藤葡萄酒工業)は1890年(明治23)創業らしいが、創業者の大村治作さんの父である大村忠兵衛さんは大日本山梨葡萄酒会社設立の折、出資者の一人であるという。山梨県勝沼の地での、大村家のワインとの関わりは、本当に初期からなんだなぁ。それは以下リンク先でも少し書いたが、「日本ワイン誕生考 知られざる明治期ワイン造りの全貌 仲田道弘著 山梨日日新聞社」にも記述がある。

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で、とにかく130周年記念のワインが発売されたというんで、蔵に電話して、それを6本送ってもらった。夏前だったかな?それを一本開けて感動し、二本目を開けてその美味さにうなだれ、三本目に手が伸びた真夏のある日にふと思った・・・これではあっという間に無くなってしまう。

それで、ワインセラーの一番出し入れし難い位置に入れ直して、残り三本は熟成などを少し楽しんでみようと思った。ところが、余りに美味だったからその禁は簡単に破られた。そして最後の一本が、やっぱり年越しすること出来ずに封印を解くこととなった。

蔵にはもう、このワインの在庫は無い。もっともマグナムボトルと5L瓶はまだ在庫があるらしい。

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裏ラベルだ

熟成を楽しむには短期間だったが、夏を越えて半年程度の間でも、徐々にまろみを帯びた癒やし系のワインに変化していった。今年は圧倒的に日本酒を呑むことが多く、ワインは少なめだった。そんな条件ではあるものの、白ワインとしては最も記憶に残る一本となった。さすが、蔵が一番の出来と評価した甲州のタンクからの瓶詰めである。レギュラー品でも美味なのに、その上を行くスムーズさはシルキーとも思えたなぁ。

ワガハイが酒を呑み始めた40年前あたりの甲州ワインとは、あまりにも違い過ぎる。あの頃は水みたいに軽いか、酸っぱさの目立つ飲料という印象だったからなぁ・・・ただ、あの頃呑んだのはルバイヤートではないだろうが・・・一升瓶に入っていたヤツで、甲府や諏訪に行く途中で買った。確か御坂中学校(現、山梨県笛吹市)界隈の酒屋さんで買っていたと記憶しているんだが、グーグルマップで見ても思い当たる場所には酒屋が無いなぁ。

 

ま、思い出はともかくとして、数日前(以下リンク先)に思わず書いてしまったなぁ・・・それにしても勝沼行きたい!

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行っちゃったんですよ!昨日。数軒のワイナリーを駆け足でまわってきた。ブログ書いているんだから一枚位、気の利いた勝沼の画像でも撮影して来ればいいってコトは分かっちゃいるんだが、撮ってこなかった。収穫を終え、葉も落ちて枝だけになった葡萄園が続く風景の先に、甲武信ヶ岳だろうか、峰の先端が少し白くなってましたな。御坂峠から下ってくる時には、甲斐駒ヶ岳も白っぽかった。遠くには南アルプスの連なりも白かったですな。勿論、富士山も白かったケドねぇ。

もう冬景色・・・葡萄畑で仕事されている方々も、数日後には剪定作業なんだろうな。コロナ禍の為、ワガハイも昨年は遠慮した勝沼行きだが、このところの感染状況の落ち着き具合から、このタイミングを逃すと行けなくなっても、と思った。それにスタッドレスタイヤの用意も無いし、これ以上寒くなると我家のクルマで山梨県は無理だ。

また暫くはご無沙汰になるだろう勝沼の風景を見ながら、なんかねぇ・・・カメラ取り出す気になれなかったんだな。ワガハイもいずれ免許返納になるだろう。そう考えると、あと何回自分で運転してワインなど購入に来られるんだろう・・・と思ったりするようになった。なおさら、風景も、ワインも愛おしく思えるようになってきたなぁ(ま、それは裏返せば自分の身やら命が愛おしくなってきたってぇヤツだがな)

 

とりあえずの目標として、ルバイヤート140周年記念ワインが呑めるように、ナニをドウ頑張るのかワカランが、頑張ることにしよう!