ジニアは、5月から11月頃まで咲くらしい(百日どころじゃないじゃん!)。ながいこと庭に彩を与えてくれるのでイイかもしれない。コレもまた園芸種だから、品種やら系統やらが沢山あるみたいだ。そりゃあ、種まき続ければドンドンと変わっていくだろうから。
昨日は、モッコウバラがピュンピュンと徒長しまくっていたので、邪魔な枝を切った。するとボロりとナニか塊が落ちた。それは一瞬にして葉の影に隠れてしまったが、網膜が捉えた瞬間映像は・・・間違いなくカミキリムシだ。
選定したモッコウバラの枝を観察すると、表面に削られた跡があった。カミキリムシの仕業だろう(以下リンク先のコイツだな)。
少し前にはドウガネブイブイを見つけた。これは捕獲出来たが卵を産む直前だったみたいで、コレは捕殺扱いとなった。
別に彼らが悪者というワケではないにしても、狭い庭では奴らの自由にさせる余裕はない。所詮、庭は人工的な環境である。手を掛けないワケにはいかない(我が楽園は常に攻撃されているからねぇ)。
もっと広大な庭だったなら、別のやり方もあるけど。
そうした庭作業を行うにあたって丁度良い足場になる位置に、このジニアが植えられている。ワガハイが植えたワケではないので仕方ないが、ソロソロ確実な足場がないとぶっこける危険が出てきた老人であるから、もう少し植える場所に配慮してもらいたいと思う。
まあ、見た目では植えるのに丁度良い位置なんだが・・・。
せっかくの日曜日なのに雨。梅雨時だから仕方ないけれど、ホントウはいろいろ庭の手入れをしたい。それを行ったトコロでナンの生産性があるのだろうか?と、趣味の園芸を疑問視していた高校時代の同級生とは・・・十年近くのご無沙汰となった。年賀状のやりとりだけの付き合いだ。
まあ、要するに会って酒呑んでも話題がかみ合わないからねぇ・・・アチラさんは金融の話ばかりだろうし、コチラは酒と食い物の話ばかりだから。
アチラさんは沢山並ぶ数値やグラフを眺めて、瞬時に「コレは妙だぞ?」とか気配を感じ取る感性を持っているのだろう。そうした日常を40年程続けてきたんだから。で、コチラは酒販店に並ぶ酒瓶を見ただけで、「コリャア、間違いなく旨酒だ!」と察知する能力が身に付いた。
どちらも直感力だろう。
直観力って・・・伝承が難しい。
「だって、コレは美味いでしょ?そっちを買うワケないじゃん!」
こうしか言いようがない。
たぶん、アチラさんも「株価が上がるか下がるかなんて理論じゃない。経済理論は後付け、言い訳だから・・・」と言ってたから、同じようなモンかもしれない。
ま・・・どちらも欲望だわなぁ。
さて、ドニプロ川のカホフカ・ダムが決壊した件。その真相は分からない。所詮、戦況報告なんぞ大本営発表だから、些細なコトさえ眉唾である。
コロナ禍だって大本営発表だから、政治判断で如何様にも人心を調整出来る。多くの人々にとって都合の良い状況になれば、それで政権維持に繋がるというだけだ。大局的な見地、長期的目線などと言っても、今日があっての明日であり、明日があっての明後日である。10年後のビジョンなんて本気で考えてはいないだろう。
だから「子供たちの未来・・・」っていう言葉を政治家から聞くと、ワガハイはヘソが630°位、曲がってしまう。その場をやり過ごすことの積み上げしか、結局のところ出来ないっていうのは、まあ現実的な話だし、それが未来なんだろうが。
ダムの決壊は、ロシアがやったのか?ウクライナがやったのか?或いはドサクサに紛れて別のナニかがやったのか?その三択っていうコトしか分からない。自然災害ではないというコトしか確証はない。報道から分かるコトはそれだけだ。あとはどんなにコメンテーターがコトバを乱立しようが無駄な時間である。
戦争って、ソモソモ条約破棄行為だろう。
戦争って、ソモソモ犯罪だろう。
変なコトバだな。
まあ、勝算という点では、プーチンも直観力が狂っていたんだな。あまりにもの欲望に目が曇ったな。
(というワケで、やがてワガハイも直観力が衰えて不味酒を購入するようになるかもしれぬ。同級生のアチラさんも、株で大損する日も近いかもしれない。)
趣味の園芸は試行錯誤の繰り返し、失敗の繰り返し。そうしてナンの成果が得られるのか?と疑問を持つのではない。庭いじりをしながら植物や鳥、昆虫の有様を見ていろいろ思い考えを巡らせながら、浮世のバカらしさに呆れつつ、結局は確信するのだ!
私たちは既に御国にいたはずである。楽園を追放されたのではなく、楽園を追放し続けているのである。
足元のジニアを、踏みつけないように気を付けなければならない。
耳ある者は、“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい。勝利を得る者には、神の楽園にある命の木の実を食べさせよう。ヨハネの黙示録 2章7節 (新共同訳)
【memo】耳ある者・・・マタイによる福音書11章15節に対応する言葉。その後に続く文言は?