画像の出し惜しみをしている。なにせ暑くて撮影どころではない。所用で出掛けたならば、用件をサッサと済ませて帰宅する。道草など無理。
車外温度が40℃を超えることは無くなってきたけれど、それでも34℃といった数値を示している。そしてクルマの車外温度センサーというのは、多分、エンジンに取り込む吸気側の何処かに温度センサーがあって、その数字なのだろうと思う。だから微妙にエンジンルーム内の熱気を加えた温度になっているのではないか?と思いたい。
だがそれは、走り出しこそ、そ~ゆ~塩梅かもしれないが、ソコソコ走ると時々見かける道端の温度表示計の数値と1℃程度しか誤差が無かったりする。
もっとも温度センサーの数値なんて、そんなに見事なまでに一致する訳もないけれど。
カメラがデジタルになって、暗室作業などする人は極少数となった今では、現像液や定着液を溶解して、バットやら現像タンクに温度調整したそれらの液体を流し込むコトなどしなくなった。
たぶん、デジタルで写真を始めた方では、あの薄暗い赤色の光の下、酢酸のニオイが漂う暗室の不思議な世界なんて経験したコトがないだろう。それが頻繁に行われていた頃には、ヨドバシカメラなどに行くと暗室用品売場もしっかりとした床面積が確保されており、その棚には棒温度計が束になって箱に入れられていた。
それで・・・新しい温度計を買おうと思うワケだ。使っていて割れてしまったりするから。
だが、沢山の棒温度計の示す温度を見ると±1℃程度の誤差があったりする。だから低い数値と高い数値を比べると、2℃程度違ってしまう。これは困るワケだ。そこで自分が基準として使っている温度計を、店員に断りを入れた上で持ち込み、同じ数値を示している温度計を購入していた。
もっとも、20℃の数値が揃っていたとしても、60℃の数値が揃う保証はない。だが、だいたい20~30℃程度の売場の室温の中で数値が揃っていれば、実際の使用では差し支え無いはずだ。
まあ、それなりに緻密な作業をしていた若い頃であった。
とは言っても、現像処理の仕事が安定していないと、少々の温度差の違いなんて気にしても仕方ない。他のファクターの誤差の方が大きければ、何がナンだか分からなくなるからねぇ。
アナログの作業は手作業の緻密さが問われた。手際が悪いと現像ムラが生ずるし。
今となっては、そのような習得技術は全く生かされていない無用なものになってしまった。
デジタルはアバウトだからねぇ・・・露出計の数値が±0.3EV違っていたらグラデーションとしてハッキリ記録されてしまうのがフィルムだったから。だから均質な照明を行うには±0.2EV以内に調整しなければならなかった。それに加えてレンズの周辺減光を考慮して、中心部分よりも周辺部が0.2EV高めにしたりして。
よくまあ、あんな緻密なコトを短時間でやっていたもんだ。職人技だわなぁ。
今、それをやれと言われたら・・・根気が続かない。
そもそも、そんな微妙なトコロはデジタルでは反映されない。1色256階調のグラデーションは、アナログに比べるまでもなく大雑把だ。
だから、風景を撮影すると空の表情がフィルムに比べて単調に見える。それがデジタルだ。でもどのみち、出力時にはデジタルなんだから、フィルムで撮っても切り捨てられる階調・・・というワケだ。このあたり、拘っても無駄骨となる。
それで、この御殿場市二子の田圃風景だが、もっと超広角レンズで撮ればイロイロ写り込んでくる。ガードレールや民家など、ホントに一部を切り取ってしまうと「これドコ?」的になるけれど、案外普通のロケーションである。
で・・・この日は富士山が見えなかったのだ。それは空の雲行きを見てもらえば分かると思うケド。
富士山がクッキリと見えるなんて、夏場はとても少ないし・・・だいたい雪が無いと、山容は空色に埋もれてしまうからなぁ。
追記
昨日の宮崎県南部での震度6弱の地震によって、被害が出たコトは心傷む。ただ、なんか報道の様子は「南海トラフ地震」への関心に集中してしまっている感じがする。それは重大な問題だけれど、地盤のご機嫌は分からない。気象庁の会見会場で、執拗に地震予知的な情報を求める記者の質問を聞いて・・・なんかねぇ?
「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」は、イスラエルの扱いを巡って騒がれている。様々な意見が飛び交うけれど、それらの殆どはあり得る意見にして重要な内容が含まれている。世界情勢のなんたるか?がアカラサマに見えてしまって、明解な答えが出てしまっているようにも思う。
さて、ワガハイはまたも新規の体調不調要因を抱え込むコトとなった。朝から病院行となった。今後、大事にならねば良いのだが。