Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

神奈川県足柄下郡真鶴町・・・岩海岸(源頼朝船出の浜)

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真鶴町岩海岸(源頼朝船出の浜)

昨日の「如来寺跡」からまっすぐ海に向って路地を歩くと、こういう風景に出合う。かつてこの入り江に「真鶴岩大橋(画像の橋)」が無かった頃(友人が「真鶴岩大橋」の建設反対署名に協力してくれ、と言って来た時には署名しましたな)、つまり真鶴町立岩小学校があった頃はもっと賑やかさがあった。酒や煙草に野菜も置かれているような個人商店があったと思う。それに真鶴駅からここまで来る間にも、魚屋が一軒あったような記憶があるのだが、それらしき建物の痕跡さえも見当たらなかった。まあ、いい加減な記憶であるから、似たような入り江のある南伊豆の何処かと混同しているのかもしれん。

今の風景を見ながら、昔の記憶を探し求めてしまう・・・ということは、それだけ老人になったということだな。今昔の差異の中に物語を想像しますな・・・甘いばかりではなく、むしろ苦さや辛さを味わいますな。ま、「岩忠(磯料理)」の定食を大昔に食したが、これは美味だったがな。

そう言えば真鶴駅から役場を通り過ぎて岩忠へとダラダラ下り坂を歩いて行くと、左へカーブしつつ道は合流と分岐をするんだが、そこのバス停の名前が「謡坂(うたいざか)」※1と書かれており、なかなか意味深長だったのである。チョイと調べれば源頼朝に関わる話が伝えられている。「石橋山の合戦に敗れた源頼朝が、箱根山中から逃れて休息し、再起を祝い、土肥実平が謡い踊ったところ※2」らしい。まあ、別にナニがあるというワケでもない場所なんだが、名前が洒落ておる。

 

今週は真鶴特集になった感じがする当ブログだが、明日からは真鶴ではないからねぇ・・・真鶴は興味深いので、まだまだありますな。「鯖大師」とか、立入禁止になっておる「真鶴水族館跡地と内袋観音」とか(まあ、このあたりは廃墟マニア的になってくるし、ワガハイは昔の思い出話にしかならんが)、ディープな真鶴世界はありますな。もっとも、その深い懐を紐解いていくには、ちょっとワガハイでは役不足ではあるな。真鶴の皆さん、凄い魅力的な場所なんでガンガン発信されたし。そして如来寺跡など、とても大変で予算的にも掛かるとは思うんだが、修復されると良いんですがなぁ。

 

※1 謡坂バス停は無くなった?・・・現在はコミュニティバスになったようで、「朝倉医院前」で降りるみたいだ。

※2 「真鶴さんぽ」真鶴町観光協会でもらったパンフレットより。真鶴ナビ(真鶴町観光協会)のサイトにPDFあり。