Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする男の戯言記録

山菜ブームってあったねぇ

ウコギの新葉

春の山菜というとナニを思い浮かべるだろう。フキノトウは終わった。土筆も終わりだ。これからはタラの芽だ!というコトで昭和の頃・・・山菜ブームがあった。正確にいうと何年頃だったのだろう。

1970年代だったのだろうか。自家用車が日産サニー(B110)だった。既にB210型が新車として売られていた時代だったから、1975年前後というコトになるのだろう。その頃、西丹沢の世附から先に続く林道はゲートも無くて一般車もノコノコ出入り出来た。そんなワケで休日の林道は、山菜採りの人たちで賑わっていた。

つまり我家も総出で日産サニーに乗って世附に出かけ、林道をウロウロして山菜を採ったのだ。だが、そんなに収穫は得られなかったように思う。なにせ既に採り尽くされていたと思う。

そうしたブームはアチコチの山で起こっていて、奥多摩でも大騒ぎになっていたような気もする。タラの芽が美味いとウワサになり。当時はSNSなんて全くないワケだから、どの様にしてウワサが流布したのかは忘れたが、とにかく限られた情報だが伝わってくる。

そして我が親父も日産サニーを運転して、いよいよ奥多摩に出かけた。だが、その時には山菜など大して採れないものだと諦めていた母のテンションの低さにつられて、奥多摩ドライブで終わったような気がする。その時始めて、ワガハイは小河内ダムを見たのだ。

その後も何度か山菜ブームはあった。最近は山菜の価値が認められた影響もあるのだろうが、迂闊にそこいら辺の山に入って山菜も採取し辛くなった。というコトでワガハイもやらないけれど、売られている野菜化したタラの芽と、山で採れるタラの芽では全く姿も香味も別物ではある。

本当は、タラの芽の採取は少々やりたいけれど・・・だが、山の斜面を歩き続ける体力がねぇ・・・。

 

でもまあ、タラの木はウコギ科である。ならば本家ウコギを庭木にしてしまえば良い。そう考えて数年前に苗を購入して鉢植えにした。もう、地植えする場所がないのだ。だが、鉢植え一つでも、1~2回程ウコギ飯を楽しむ程度の収穫が出来る。ウコギの香りと僅かな甘み、苦みは、タラの芽の味わいと共通する。

それにウコギ飯ならば、タラの芽の代表的な料理である天麩羅といった段取りも要らない。熱々のご飯に混ぜて蒸してしまえば出来上がりだからねぇ。実に手軽に春の香りを楽しめる。

 

ウコギ科ではコシアブラという美味な山菜もある。コレを食すと、タラの芽よりもコシアブラを欲するようになる。それほど旨味のある山菜だが、箱根外輪山や丹沢界隈で見かけたコトはない。

コシアブラは漢字で「漉油」と書く。つまり古来、樹脂を採取して用いていたらしい。その樹脂は「金漆(ごんぜつ)」と言われ、工芸用塗料として用いられた時期もあったらしい。だが、現在では技法伝承も途絶えていると聞くから、金漆で塗装するなら漆を使った方が圧倒的に良い!というアタリで落ち着いてしまったんだろう。

とにかくコシアブラを食す機会もなくなった。4月後半になれば、或いは5月上旬かもしれないが、長野県や新潟県などの雪国に出かければ、山菜料理を扱う飲食店で食せるかもしれない。蕎麦屋で天ぷらそばを頼めば、コシアブラとタラの芽の天麩羅が付いてくるかもしれない。

 

でもまあ・・・我家はウコギ飯。タラの木もコシアブラウコギ科である以上、ウコギの香味と似ているトコロがあるから、それで満足感が得られる。ウコギの栽培は難しくない。かつては生垣にもしばしば使われていたのだから。

ブルーベリー

ヒヨドリの餌と化すブルーベリーの花。もう待ちきれないのか、ヒヨドリが上画像のような状態の花芽を啄んでいた。

まあ・・・奴らも花より団子なんだなぁ。この花芽の綺麗さを堪能するなんていうのは、人間という動物ならではなのだろう。ワガハイが窓から花芽の色合いを楽しんでいると、ヒヨドリは花芽の存在にギャーギャー騒ぎまくり、全く無粋な生き物である。少しは静かに落ち着いていただくという躾はないものだろうか?

また、ヒヨドリに制空権を奪われる我家の季節がやって来る・・・というコトなんだなぁ。

 

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