Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

悦朗・・・シャガールとモネを持ち込んで「菊姫」自宅呑み・・・が夢

油彩画というのを描いてみたコトがあるだろうか?ワガハイは下手だが描いてみたコトはある。だが、そもそも名作と呼ばれるモノが本当に素晴らしいのかどうかはワカランが、ジックリと至近距離で見る機会が得られた作品の中では、真っ先に驚異的と思えたのが、シャガール※1である。そしてググッと寄って見てオオッ!と思い、引いて見てワォ!と思ったのがモネ※2だったねぇ。

※1 マルク・シャガール Marc Chagall(1887 - 1985) 現ベラルーシ出身のフランスの画家

※2 クロード・モネ Claude Monet (1840 - 1926) 印象派を代表するフランスの画家

 

まあ、いきなりそういう手練れ中の手練れの作品のようなワケにはいかないのは当たり前だが・・・こう書くと、殆どの人が画面構成であるとか、描写力であるとか、そういうテクニックのコトを指していると思うだろう。つまりデッサン力※3ね。

※3 混同している人がおられるが、デッサン力と描写力は異なる。デッサン力は計画力とも言い換えられる。

ところが、ここで問題にしたいのは、そういうテクニックではないからねぇ・・・もう一つ、フツ~は気付かないテクニックってぇヤツがある。それは、いかに豊かに絵具を盛るか?というコトだ。

油絵の具ってぇヤツは、身近な水彩絵の具とは違って酸化重合反応で硬化する、っていうのが乾き方なのである(漆なんかも、こういう乾き方だねぇ)。故に、酸化しやすい油で顔料が練られているワケだ。これ、食用油のような空気酸化し辛い、従って健康によろしい油で顔料を練ったとしたら乾かない(硬化しない)ので、絵具として使えないワケだ。

ん~~~~話が脱線しそうな気配・・・戻そう。

ま、絵具の厚塗りっていうのも限度があって、あまり一気に厚く盛ると表面は硬化しても中がブニョブニョ状態になってしまう。ま、それでもシッカチーフ(油絵の具の乾燥促進剤)なんかを適量混ぜるなどして、硬化を促進させることは出来る。まあ、使いすぎると画面の堅牢性に問題が生ずるけどね。美大受験生なんかは、ガンガン描かないと試験時間内に終わらないから、シッカチーフの使用量は多いだろうねぇ・・・ま、試験の採点が終わるまで画面が保てれば良いんだからねぇ。

美術でもピアノやギターの速弾きみたいなコトはあるんですな・・・つまり速描き。ね、これ、本来的な表現のコトではないねぇ。そういうコトでお絵かき人生の貴重な初期を過ごしてしまうワケだ。なんとも貧乏くさい話ではなかろうか?

芸術系の学校はサッサと入学させて、一年位は試用期間みたいにして制作や練習の状態を観察していた方が良いんだがねぇ・・・そうすれば、自ずとド~ニかなっていく筈でアル。ま、社会のシステムや習慣上、そういうコトが出来ないんだろうというコトぐらいは分かっているがね。

ま、そのあたりから改革していかないと、面白いモノは出来てこないかもしれない。

 

やっぱり脱線してしまった・・・元に戻そう。

例えば、ドンブリに”てんこ盛り”ってぇヤツも、技術が要るんだな。体裁良く皿に少量盛るという高級店にありがちなのも技術ではあるがね。もう、ぜ~ったいに盛れません!というところに更に盛っていくというのも、高等テクニックだな。

それが絵画にも起こり得る。物理的にもう無理!っていう程に絵具を盛った上に、更に絵具をのせて、しかも描写していくというのは、やっぱりシロ~ト的には難しい。そういうのを垣間見ちゃったのが若き日のワガハイが見たシャガールであったな。そしてタッチを重ねても、それぞれのタッチが分離独立して画面効果を盛り上げていると思ったのがモネだったねぇ。これ、フツ~はタッチが繋がって面になっちゃうよなぁ・・・?

 

この話が、酒に繋がる。だいたい酒に溺れてデロデロ人生を送るのが絵描きの慣わしみたいな時代もあったみたいだからなぁ・・・ゲ~ジツと酒は切っても切れない関係にあるのかもしれない。

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お久しぶりの「菊姫」山廃仕込 純米酒

時代は昭和末、越乃寒梅をはじめとした淡麗辛口酒がもてはやされていた頃、濃醇な味わいで、コアな酒呑みのココロを鷲掴みしていたのが石川県の「菊姫」だったねぇ。

その頃は酒販店も今みたいに冷蔵ケースとかが無くて、陽の当たる木製の棚上に所狭しと酒並べて、日本酒もウイスキーも混在していて、入り口に近い所にはカップ酒が置かれていてねぇ・・・スルメとか乾き物も売られていて、まあ、食品や飲料に止まらずに雑貨屋的な店も多かったな。

ワガハイも子供の頃、使いっ走りでオヤジの煙草(今じゃあり得ない子供が煙草を買いに行く光景)や、ヤマザキの食パンまで買いに行ったな。季節になるとスイカやみかんまで売っていたし、学用品も最小限は置かれていた・・・つまり、なんだかグチャグチャに混在していて酒屋さんになっていたので、広いとはいえない店内は、異様に高密度に商品が盛られていた。あれはあれで贅沢な光景だったねぇ・・・酒の品質管理の問題は別として。

で、「菊姫」である。かつての菊姫は温度管理の問題が原因の殆どだったと思うのだが、それは蔵内もそうだし、出荷してからの酒販店を含めた扱いもそうなのだが、老香がキツかった。それがこの酒への敷居を高くしていたな。

菊姫行っちゃいますか?お兄さん、もう酒呑人生の来るところまで来ちゃってるよ。まだ若いんだからヤメときな。」

都内のある酒販店で購入しようとしたワガハイに、酒屋のジジイはそんなことを言ったな。そう言われると意地でも買うがね。

それが、いつだっただろう・・・菊姫が綺麗になったという話しを聞いたんだな。

「そうか、菊姫君が綺麗になられたのかぁ・・・そりゃあ何処かで買わないと」

と思ったもんだ。たぶん平成になってから、菊姫は綺麗になったんだと思うが・・・

たぶん、蔵が熟成に際して温度管理を徹底したのだろうし、熱心な酒販店が冷蔵ケースを設備投資した時期だな。ナニニツケテモ、一気に環境というのは改善出来ないものだ。それをして、採算が合わなければ商売にならず継続出来ない。それには呑み手の要求度が高まらなくてはならない。あの頃、そういう時代の流れになってきたんだな。

つまり、作り手と呑み手の関係というのは、卵が先か鶏が先か、的なものなのである。居酒屋だってそうだ。いくら大将が腕ふるって美味いものを作っても、客が分からなければそれまで、無駄な努力だ。一方、いい客が出入りする店は、やっぱりドンドン美味いものが出せるようになってくる。客の質というのは問われるもんだ。

だからなぁ・・・客のマナーが良ければ、そこで感染が拡大するリスクというのも下がるだろう。大好きなお店を守る為にも、やっぱり地道にマナー向上ではないかねぇ。やっぱり新しい発想には「酒パワー」は必要だよなぁ・・・ストレス解消だけではないねぇ。

あ、また脱線した・・・元に戻す。

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裏ラベルだ

王道の山田錦特A100%!!!お久しぶりの「菊姫」だったが濃醇にして美味、旨味、甘味、酸味、苦味、エグ味・・・酒を構成する香味は抜栓直後は静かに均衡を保って主張を控えているかのようだ。それが少しずつ開いていく・・・燗酒は冴える。熱燗から冷ましていく過程でも崩れない。この熱燗耐性とでもいうのは「丹澤山 麗峰」の方が上手だが、この「菊姫」も相当に凄い。綺麗で鮮やかな酸が、フルボディとも言える酒を軽やかに仕上げていることが分かる。まるでモネのタッチのように渾然一体となりながらも、それぞれの香味は独立性を保ちながら、織物のように「菊姫」の面を構成していたのである。

「いいねぇ~美味いねぇ・・・菊姫素晴らしい仕事してるねぇ・・・」

と絶賛しながら呑めるというのは、やっぱり最高の時ですな。

そう!絶賛している時というのは、やっぱり最高に幸せな瞬間ですな。

しかも、何故か隣の奥様が呑みつまみに、とキュウリの漬け物をお裾分けしてくれた。これがまた「菊姫」の燗酒とバッチシ!だったのである。

オカシイ?ナニかおかしい。なんでこのタイミングで隣の奥様は漬け物を持ってきてくれたんだろうか?妻曰く「たまたまでしょ。ホントに合うねぇ」とご満悦であった。

ま、呑兵衛であることはバレているな。ナニせ、不燃ゴミの日に出す酒瓶でバレているだろうからな。発泡酒や酎ハイにまみれた不燃ゴミ集積場に、燦然と輝く「丹沢山」「杉錦」「相模灘」「國香」「喜久醉」「金明」・・・の空瓶。これ、目立つよなぁ。

そう!銘酒というのは空瓶になって不燃ゴミの山の中にあっても、燦然と輝いて見えるのである!「ハッハッハ~ぁ!ワガハイも、そういう人になりたい!」(言うのは勝手じゃあ!)

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いい色でしょう

こういう酒は、やっぱり自宅でノンビリと悦に入って・・・というのが良いですな。「悦朗」だからねぇ。

ああ、シャガールとモネを自宅に持ち込んで、そして「菊姫」を楽しみたいもんだが、コレばかりはど~にもならんな。