Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

機能が不可逆的に回復不能になる点・・・再読「唯脳論」ワガハイならば「唯酒論」?

昨日の続きという部分もある。

昔読んだ「免疫の意味論 多田富雄青土社」のコトに触れたので、ならばだいたい同時期に出版されたと思うのだが「唯脳論 養老孟司青土社」がある。著者が養老孟司さんなので、コチラは読まれた方も多いのではないかと思う。

f:id:Etsuro1:20210629085145j:plain

かつて話題となった「唯脳論

まあ、「唯物論」「唯心論」ではなくて「唯脳論」とはキャッチーなタイトルが付いたモノだと思う。ワガハイ的には「唯酒論」というのは書けそうなんだが・・・まあ、それはただの酒呑みのくだらない正当化のための屁理屈にしかならんだろう。

 

で、「免疫の意味論」を速読したので、もののついでと言っては著者に失礼だが「唯脳論」も再読した・・・ 速読である。だいぶ記憶はボヤけていたものの、概ねの内容について誤解というようなコトは無かった。やはり、若い頃は頭が冴えていたんだなぁ・・・ということで、今では別人になってしまったようだ。まあ、こうして一人の人間も旬というのを過ぎて、熟成を重ねて腐っていくものであろう。ナニも「九相詩絵巻」を持ち出すまでもない、生きながらにして「無」へのプロセスを経ているのであろう。

ゆえに、肉体の死の境界さえも曖昧である・・・まして意識まで問題にし始めたら、ワガハイは既に死んでいるかもしれないし、「お前は既に死んでいる」っていうヤツかもしれない。

・・・死体の定義は、いまだ相変わらず、明瞭ではないということである。「機能が不可逆的に回復不能になる点」を死の時点とする。唯脳論」心身論と唯脳論 p. 49より

 ワガハイ的には、「機能が不可逆的に回復不能になる点」なんていうのは、日々のことであり、あまりに日常的なことのように思うのだが?まあ、この著作をしたためている時の養老孟司さんが何歳だったのかは計算するのも面倒なんだが、今、与太話に付き合って頂けるならば、このワガハイの意見に養老さんも同感される歳頃になられているのではなかろうか?いやいや毎日死んでますな。まあ、少なくとも脳細胞はそうなんだろうからな。

 

でもまあ、若い人なら悲しむかもしれんが、この歳になってくると、脳細胞の死も、アルツハイマー病の原因といわれるアミロイドβの蓄積も、楽園への歩みにも思えてくる点はある。人によるが、ボケなければ受け入れられないモノもあるだろう。

実際には認知症というのも周囲だけではなく、当人にとっても苦しい経験なのだが・・・医療・医学・福祉は、その苦しい経験を緩和し、場合によっては貴重な経験に異化させるということが不可能ではないことを示してくれていると思う。

異化だけに医科、だねぇ~。

 

我が父の認知症に接していた時に、その父が欠落していく記憶を無理矢理繋げてストーリーとして組立て直していく言葉を聞き、時間軸の重要性というのをより強く実感した。どこまでも自身を納得させようと過去を反芻している父の姿があった。そして「オカシイなぁ・・・」とつぶやいていたから、当人も変だ?と思っていたのだ。

ボケないうちに準備しておこうと、エンディングノートなるものを作成し、「ナニかあったらこのファイルを見てくれ」と言っていたのに、いざとなったら綺麗さっぱり遺言書も含めて廃棄されてしまっていた。あらゆる重要なモノが消え去っていたからなぁ・・・実に綺麗な最期でしたな。こう言ってはなんだが、父親から一番学んだことは、父の人生の終焉への数年間の姿だったねぇ。

やっぱり、「機能が不可逆的に回復不能になる点」というのは、日々の日常にあることだなぁ・・・。

 

中間部分を飛ばして、いきなりエピローグの話になる。

「脳と身体 エピローグ」というのが〆となっている「唯脳論」・・・その一部を以下に引用する。

解剖学を二十五年やっていて、感じることがある・・・(長いので中略・興味ある方は是非とも本を入手して読まれたし)・・・「あるもの」を「ないもの」にすることはできない。脳は経験にないものを、「存在しない」とみなすことができる器官である。それはあんがい恐ろしいことである。社会はしばしば、あるものをないとし、多くの悲劇を生んだ。唯脳論」脳と身体 エピローグ p.264-265

コロナ禍にあらためて読み直してみて、ナカナカ面白い内容でしたなぁ・・・ま、養老孟司さんは、ひょっとすると照れちゃうかな?「イヤイヤ、若かった頃の著作で・・・」ってね。やっぱり最近の言説と一致しない、とまでは言えないけど、ニュアンス違うよなぁ・・・と思う点はある。でもそういうもんだ。養老さんだって日々「機能が不可逆的に回復不能になる点」を通過しているんだからな。そしてそれは新しい衣に着替えているという意味もあるのかもしれない。

 

おおっ!今日は案外まともな内容になっちゃったかな?そりゃあ、マズいねぇ。

 

注: 唯脳論 養老孟司著 青土社 1992年7月15日 第10刷版