Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

Vin de Pays d'Oc Petit Verdot - Domaine de Brau・・・とりとめなくマイドながら

多くの犠牲によって世の中は成り立っている・・・大きなことを成し遂げる為には犠牲はつきものである・・・ということを逆転させることを考えてみよう。だが既に、そんなことは明治期に言われていたことだ。

近代という考え方の始まりは、ジョン・ロックという決して強い立場とは言えなかった者からだ・・・というようなコトを書いていたと思うんだが?そのことを書いた人の言葉を下に引用する。

 

 世人は言う。「取れば富み、与えれば失う」と。なんという間違いか!農業にたとえよう。けちな農夫は種を惜しんで蒔き、座して秋の収穫を待つ。もたらされるものは餓死のみである。良い農夫は良い種を蒔き、全力をつくして育てる。穀物は百倍の実りをもたらし、農夫の収穫はあり余る。ただ集めることを図るものは、収穫することを知るだけで、植え育てることを知らない。賢者は植え育てることに精をだすので、収穫は求めなくても訪れる。(代表的日本人 1西郷隆盛 内村鑑三著 鈴木範久訳 岩波文庫より)

 

ケチなエセ近代を自己流に学んだ国は、多くの犠牲の上に成り立った現在の政権基盤の正当性を維持するためにも、それが伝統であり歴史であり、という認識基盤であるとした・・・んだろう。国家といわずも、人間というのはそういうモノだな。で、転換点としての栄光を名付けて「長征一万里」とした。で、ソコに因んで名付けたモノが大気圏のちょっと外側から落下した。2021年5月9日(日本時間同11時24分)北緯2.65度、東経72.47度のインド洋・・・栄光への事業の達成には多くの犠牲がつきものである。他国の関わりないモノを巻き込んだとしても、それは巡り巡って君たちの利益にも繋がる・・・ということなんだろうかねぇ?ナニか、大切なコトが欠落しておるな。それは必ず自らに降りかかる災いとなるだろうな。

ところが、地球は思いのほか小さかった。そんなことはワガハイが子供の頃にテレビで見た、アポロ計画の宇宙船からの映像からでも理解出来た。今生きている地球こそが楽園だった、ということに一瞬でも人類が気付いた瞬間だったと思うのだが?

ナニゴトも黎明期というのは夢がある。それが現実味を帯びてくると人々は利害を気にし始めて争いが始まる。宇宙にはもう、大した夢など無くなったように思われる。どこかセコい考え方で物事を積み重ねてきたから、今後は面倒な収穫物に溢れることになるだろうな。賢者の存在というのもまた、理想であり、夢ごとなのだろう。

 

無形の問題ながら、植え育てるという意識が高ければ・・・それがイイかどうかはともかく、こういうコトをワガハイの祖父母達だったなら言っただろう。

「より良い物は私達より子供達、若い人たちに与えてくださいな。」

どう考えても、いや、考えなくても、ワクチン接種は公平にやりましょう!余って棄てるのが勿体ないということは間違いないので、ならば社会的立場の高いと言われている方々は優先的に、というよりも全部接種しちゃってくださいな。お一人で10回でも100回でもどうぞ!棄てるよりマシだろう(勿論、ブラックジョークだ)

ケチな政府は、いろいろ惜しんでは蒔き、或いは蒔かずに・・・それは以下の引用だ。

 

小人は自分を利するを目的とする。君子は民を利するを目的とする。前者は利己をはかってほろびる。後者は公の精神に立って栄える。生き方しだいで、盛衰、貧富、興亡、生死がある。用心すべきではないか。(代表的日本人 1西郷隆盛 内村鑑三著 鈴木範久訳 岩波文庫より)

 

どうやら、一部の市長室というのは個人の別荘のようなものになってきているみたいだ。ワガハイが市長だったら、血税を使って「マーク・レビンソン」のアンプなど購入し、市長室で巨大なJBLスピーカーを鳴らしかねない。そういう質をもっておる。充分に用心して生きるべきであると肝に銘じた(もっとも市長になれるわけもないんだが・・・)

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Pure Petit Verdot Vin de Pays d'Oc Petit Verdot - Domaine de Brau

さて、ブレンド用に使われることが多いプティ・ヴェルドーという葡萄品種を単独で用いたワインである。例によってオーガニック・ワインの老舗であるマヴィで購入したものだ。酒蔵は、ラングドックのカルカッソンヌにあるらしい。

ラングドックという地域は、ブルゴーニュピノ・ノワール飲みのフリークに言わせれば、普段飲みの取るに足らないワインなんだそ~だ。まあ、格付けを気にし出すとそういうコトを言いたくなるのかもしれない。確かにブルゴーニュのワインは言うまでもなく素晴らしいものが多いし、葡萄畑も立派だ。

今は便利だから、ストリートビューで葡萄畑ツアーが出来る。コロナ禍における一つの楽しみでもある。それで・・・ロマネ・コンティの酒蔵の外観と畑を、PC画面上で堪能?すれば・・・道ばたに停められたクルマと、畑を鑑賞する男、女数名・・・チャンと人の気配がある。一方、昨日の当ブログでのスペインはAranleónの界隈では、人影がないねぇ・・・ま、季節の問題は大きいだろうが。

 

で、まあ、確かにラングドックというのはちょっと格下感があるのは確かだとしても、そういう問題を乗り越えていくのがオーガニック・ワインの香味世界である!と、ワガハイ的には思いますな。そうした思いに至ったのも、マヴィのお陰であります。

ルビー系に発色するプティ・ヴェルドー。この品種単独ではルバイヤートも出していましたな。それとあわせて感想を持っているのだが・・・この葡萄品種は単独であっても充分に個性的な楽しさを味わえるワインとなりますな。もっとこうしたワイン蔵が増えてほしい。決してブレンド用品種というワケではないですな。

もし、単独のプティ・ヴェルドーで造られたワインを発見したら、少々お高くても買ってみることをお勧めしますな。

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裏ラベルはこんな感じ

それにしても、このワインの造り手は・・・繊細な栽培をされていると思う。それは、日本酒でいう麹づくりの繊細な感覚が、まるで土に対して行なわれているかのようだ。葡萄を植え育てるというプロセスに対する感性の豊かさが、結局、発酵の結果に表れているんだろう。やっぱり土、だよなぁ・・・火星の土じゃ、旨いワインは作れまい。

葡萄の収穫という結実、そして・・・ワインは抜栓して注がれた時にもう一度、結実の瞬間が生ずるんだな。そう感じて一人感動した一本でありました・・・Pays d'Ocだからど~したというんだ!関係ないねぇ・・・マル!

 

Domaine de Brau  87B Chemin de Villejean, 11620 Villemoustaussou, France