Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

T先生(消化器外科)の思い出・・・医者の快楽!

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江の島から見た腰越漁港方向の図(8月撮影だけど薄曇り)

今日も海岸通りは大渋滞・・・みたい

二回目のワクチン接種が近づいているので、このところ禁酒とまではいかないが(減酒という言い方があるのかどうかワカランが)、控えめにしている。それがどの様な意味があるのかもワカランが、ナニにつけても医療に関わるコトに関しては酒タバコはいいコトを言われはしない。

酒は百薬の長と言われるが、百薬という薬効を発揮させるに程よい量で、満足できるワケがない、というのが昔ワガハイが絶大な信頼を寄せていた主治医の話である。ちょっと、この主治医(T先生)の話を思い出したので書いておこうと思う(現在のかかりつけ医のコトではない)

 

T先生は消化器外科が専門だったらしい。ワガハイが中学生の頃に近所で開業されたと思う。小さな医院だったが少しながら病床もあって、ワガハイも虫垂炎の手術をここで受けた。幾つかの医院や病院があったのだが、あらゆる領域の診断が的確な方で、多くの人たちに信頼された。

T先生は、ある時ワガハイ(高校生の頃)にこんなコトを話された。それは、ワガハイは神経質な男なので(このブログを読めばそう感じられるだろうが)、胃痛がひどくなったのでバリウム飲んだ時のコトだったな。ワガハイの胃のレントゲン写真を見ながら、胃炎という診断の説明をT先生がされた時に、ワガハイが思わず言ってしまった言葉に対して説明してくれたんだな。それは、ワガハイの胃が余りにも細長くてウナギの内臓みたいだ、と言ったことに始まったんだな。

 

T先生:「ウナギの内臓・・・面白いコト言うね。人間って同じ顔した人がいないように、内臓も一人一人個性的なんだ。一つとして同じ形をした胃袋はないし、肝臓もない。脳も心臓もそうだ。だから実際に解剖すると解剖図のような整った配置に臓器が並んでいるコトはあまりないんだ。あれ、教科書に載っている解剖図は、物凄い理想的な美形だな。」

ワガハイ:「先生・・・骨が違うというのは分かってましたが、考えてみれば内臓だってそうですよね。カタチが違えば性能も違うかもしれない。骨なんて太いか細いかだけでも、強度がまるで違うだろうと想像がつきやすいんですが・・・でもアレルギーって免疫の話じゃないですか。これって具体的にカタチのある状態で見られないですよね?」

T先生:「お~~、だから血液検査とかデータを見たりするんだが、免疫は興味深い分野なんだよ。君ね、ちょっと頑張って医学部行って免疫の研究やってみないか?小児喘息からいろいろ経験してきた君だから、患者さんの立場になっていい医者になると思うんだが・・・あのね、私も虚弱体質なんだが、筋肉モリモリで病気知らずの医者ばかりでもダメなんだよ。」

ワガハイ:「医学部って、やっぱりど~しても解剖とかってあるんですよねぇ・・・血がドパ~っていうコトもあるんですよねぇ・・・」

T先生:「あぁぁぁ、血が苦手なのね。そりゃあ、出血見るの好きな人なんていないよ(笑)だから研究者になればいいじゃないか!」

ワガハイ:「研究者目指しても・・・でも、やっぱり一応、一通りは・・・あるんでしょ?」

T先生:「でもね、医学部入ってみれば分かると思うよ。重症の患者さんが治療することで快復して退院するっていうのは、物凄い快楽なんだ。医者の快楽!こんなに素晴らしい体験が出来るなんて、医学っていうのは本当に素晴らしいって感動するよ。そうして医者になっていくんだから。君もそれを体験すれば、出血で怖気づくことも無くなる。目の前の患者さんを救いたいという強い欲望が、勇気を与えてくれるから。」

ワガハイ:「医学部って学費高そうだし・・・少なくとも3浪覚悟だから、親がなぁ・・・」

T先生:「医者になる気になったらいつでも来なさい。何だったら親御さんには、私が説得してあげるから。国立大学の医学部なら、学費も大丈夫だろう。奨学金だってあるしな・・・」

看護師:「せんせ~、いいお話の途中なんですが、次が控えてますぅ~」

 

ワガハイは、他にも数人の医者から医学部への進学を勧められたんだが・・・それだけ、虚弱でいろいろ病院通いしていたというワケだ。その数人の医者が口をそろえて語ったのが、「目の前の患者さんの命を救うという欲望、快楽、感動」という言葉だ。そう簡単には「命」を天国や地獄には渡さない・・・という強い抵抗姿勢である(近代だねぇ~)。

そして、闘病経験のある人間が医者になるということ・・・つまり患者目線ということが言われ始めていた頃だったのかもしれない。

 

今は・・・感染症の蔓延で世の中を疲弊させるが、その中でも医療従事者の疲弊は語るのも失礼なほどだろう。それでも頑張るというのは、ただの職責では説明が付かないように思う。「目の前の患者さんの命を救うという欲望、快楽、感動」が、どうぞ叶えられますように・・・と祈る。

最も世の中を疲弊に導いているのは、たぶん政治家の皆さんの煩悩ではあろう。永遠に見開かれることのない、切り取られた根の中※ に生きている人たちのようにも見えるのだが?

 

さて、T先生は晩年、胃癌に苦しめられた。闘病生活の後、数年間は診療を再開されたが閉院となった。でも、診療を再開された時のT先生は、ガリガリにやせ細っていたので眼光がより鋭くなっているように見えたのだが、優しくも鋭い目をもつ医者になっていた。そして診療が終わった時、地域の福音の光が消えてしまったかのような、なんだか喪失感が漂った・・・「行くべき医者が見つからない・・・」というコトバがよく聞かれた。かくいうワガハイも、その後十年以上、かかりつけ医ロスという状態になった。

現在、T先生の息子さんが医院を復活された。そしてやっぱり評判高い内科医のようだ。思えば休日に、新幹線の車内で偶然、T先生のご家族に出会った時、先生の隣に座られていた御子息が内科医になられたのだろう。今日のブログは、そのご子息の医院のWeb.ページを見ながら書いているのだが・・・T先生ソックリで、それだけでもウルウルきますな。

だが、ワガハイは、その地から離れてしまったので、その医院に通うことは現実的ではない。ま、とにかくあの地域に新たな光が再び灯っている・・・それはとてつもなく嬉しいんですな。

 

ある日、ワガハイの主治医でもナンでもないんだが、医者だという人と酒呑みながら歓談した機会があったんだが、T先生の話をしたら・・・「その先生は罪深い」って言うんだな。「現に悦朗さんは医者ロスになってしまっただろう」と言うんだな。でも、その医者も同感していた・・・「医者の快楽」のことだ。それは医者だからこそ味わえる至極の時だそうだ。そういう至極の時というのが、大いに味わえるような医療環境が与えられますように!

 

※ 遠藤周作「沈黙」新潮文庫 P.188前後に関連