Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

早朝にヘリコプター・・・ヤバかったねぇ

先週は、様々なメディアでエリック・カールさんの訃報が多く採り上げられていた。そろそろ落ち着いてきたと思うので、ワガハイもちょっと書いておこう。

先ず、そんなに「はらぺこあおむし」という絵本が読まれているというコトを知らなかったのだが・・・結構な大人でもその訃報に接してビックリされていたテレビの街頭インタビューなどを見ていて・・・おかしいなぁ?ワガハイのこども時分に、そんな絵本は見かけなかったぞ!と思ったワケだ。で、調べれば1969年初版みたいだ。ナルホド、ワガハイは成長してしまっていたんだな。ということで「はらぺこあおむし」に接することなく、現在に至ったということだ。

まあ、2017年に世田谷美術館で「The Art of Eric Carle」という展覧会があって、その図録を閲覧する機会があったので、それでようやくどのような作家だったのかが分かった、というようなモンだ。

絵本・・・子供の頃に見た記憶があまりない。絵本はあまり好まなかったからなぁ。学研の図鑑ばかり見ていたな。あと、シートン動物記ばかり、飽きることなく繰り返し読んでいたな。で、小学校5年だったと思うが、友達がそんなワガハイを見て「おめぇ・・・坊ちゃんぐらい読んでみたら」って言って貸してくれた。これがはじめて自力で読む文学作品に接する機会になったんだなぁ・・・

はじめて読んだ夏目漱石・・・ぜ~んぜん面白くなかった。なぜなら、ハイイログマ(Grizzly)も、ぎざ耳ウサギも出てこないからだ。赤シャツなどな~んも面白くなかった。貸してくれた友達はかなり失望しておったな。で、ワガハイはファーブル昆虫記には興味を示したというワケだ。

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ヤマアジサイ [Hydrangea serrata]

ワガハイの子供時分は昭和30年代から40年代だが、早朝にヘリコプターの音がやかましく、その後通学路上にひっくり返っている虫や雀などを発見し・・・見つけても絶対に触るなと厳重注意があったのでそのまま通り過ぎ、僅かに息をしている小動物の多くを非情にも見捨てて登校するという教育環境であった。そして朝礼では「人には優しく・・・」などと校長が長話をするのである。

さて、これ、ナンのコトか分かるだろうか?分からない人もいるだろう。つまり、早朝のヘリコプターの音というのは、農薬の空中散布だ。そして登校する子供達への影響というのは一応は考慮されたらしく、農家の方達なのか、学校の先生達なのか、PTAなのかは知らんが、主だった死骸は片付けられていたらしい。でもまあ、片付けた後で這い出して道端でひっくり返る蛇や蛙だっているわけだから、まあ、子供達に隠し通すことは出来ない。ま、今ではウソみたいなコトが行なわれていましたな。

 

はらぺこあおむし」そんなのが沢山いたら、農家の皆さんは困ってしまう。み~んな食われて野菜は葉脈しか残らない。飢饉と疫病に苦しんで来た歴史を思えば、悠長なコトは言ってられない。今、高齢者枠でワクチン接種が行なわれている世代の上の方の方々が、ギリギリで戦争を体験されていると思う。ちょっと世代が下がれば戦中生れなので、空襲の記憶などは定かではなかったりする。そして今まさしく疫病の最中・・・あと、近々に起こり得ることとしては地震といった災害もそうだが、何らかの理由で起こる飢饉だな。

疫病の発生に関して、私達は油断していたことは間違いない。で、現在進行形の状況である。さあ、飢饉の発生に関しても私達はまさか・・・とは思っていないだろうか?その恐怖に備えるという感覚は、明治生れの人たちには身についていたと思う。スペイン風邪結核チフス・・・感染症に関しても身近だっただけに敏感だったな。それだけに、農薬というのは画期的だったんですな。疫病の後には、多かれ少なかれ物資不足と餓えが待っていたワケだからな。餓えからの開放・・・農薬は福音と思われていた面もあったんだろう。

 

さて、野生動物も環境変化に適応しなければ生き延びられない。ということでイノシシやシカの被害は里山で相変わらずであり、風景は電気柵だらけだ。都会生活に馴染んだタヌキやら、どこかから逃げ出して野生化した巨大な鳥まで出現したな・・・これは千葉県柏市だったねぇ。こうした環境変化はナンの予兆なのだろうか?必ずそこには意味が含まれている筈なんだが。

ま、最短で問題を解決しないと次の問題が迫っているでしょうなぁ・・・こういうのはなんだか予言のようになってきてしまうが、政治と科学の相性が悪いというコトがバレバレな昨今、※ 政治家には神秘主義で煽るのが一番効果的かもしれない。なぜなら、結構お参りに熱心な方達だからだ。陰で水晶玉など覗き込んで、この国の命運を占っていてもおかしくないような気がしてきた。

ま、ワガハイは里山風景など眺めていると、いろいろヤバイなぁ・・・と環境変化に感じてしまうものがありますな。こういうことは、都市生活の風景に身を置いていては感じないだろう。

 

※ 話題の「本来こういうパンデミックで五輪をやるのは普通でない・・・」という尾身氏発言なんだが、科学的な立ち位置から見えるのは、そもそも政治(経済)というコトは普通じゃないでしょうな。だから、いくら釘さしても糠釘でしょうな。