世代交代を実感する昨今、とは言っても、常に人は産まれて死んでいくのだから、ことさら世代交代を意識するっていうのもよ~く考えれば変だな。つまり若かった頃、活躍する諸先輩の姿を見て学んだり批判してきたりした世代が、次々と旅立って行く昨今だから実感が強くなるのだろう。
今朝も唐十郎さんの訃報があった。定かな記憶ではないけれど、1980年代のナニガシカの展覧会オープニングパーティー会場だったか、唐十郎さんのお姿があった。そして遠巻きに見ていたというワケでもなく、案外至近距離だった瞬間もあったけれど会話はなかった。
そりゃあ、若造との話しの接点はないワなぁ。
あの頃って日本が勘違いして盛り上がっていた時代だったから、とにかくやるコトがいちいち派手だった。ワガハイのような若輩にも、オープニングの招待状が渡される時があったから。
演劇ブームっていうのもあった。「夢の遊眠社」に大騒ぎしていたのはワガハイより少し下の世代で、ワガハイ的には「早稲田小劇場」・・・つまり「SCOT」だった。「転形劇場」の実験性の高い「水の駅」というのもあった。
面白かったねぇ。
とにかく、唐十郎さんのご冥福・・・というか、面白い時代を創造された一人だった。有難うございました。
そして、岸田首相のサンパウロでのスピーチがテレビで流れた。それは至極ごもっともな内容だった。そして絵に描いた餅的になってしまい続けている内容でもあった。
「力や威圧ではない、信頼に基づく経済関係こそが公正な豊かさにつながる」
そのように考えない世界観の中に生きる人間もいるんだろうからねぇ。それで資源を求めて・・・つまり得られないモノを他に求めるのは避けられず、金の流れは遮断したいがモノは欲しいという矛盾の中で足掻くのは、アッチ側もコッチ側も同じじゃね?
理想と現実を適当に嚙み合わせなければ、虚しいスピーチが外交場面で繰り返されるだけ。そこはもっと我儘な子供のようになって、嫌いな食べ物は食べない!というコトがあってもいい。
本心では戦いたくないのなら、武器を捨てて好きなお菓子を沢山抱え込んだ方がイイ。ワガハイ、本心は戦いたいんだろうなぁ・・・と、世界の多くの為政者の欲を読む。それって、もっともケチなプライド。
戦国大名だっていろいろ英雄視するけれど、ワガハイ的には堅気の話しではない。豊臣秀吉のナニがイイというのだろうか?信長って凄いかねぇ?
ま、あの時代はあの方法しかなかったんだろうが・・・だが、愚かに見える。
同様に家康も。
ど~せ戦国武将ならば、斎藤道三だよなぁ。
とは言え、昔々のNHK大河ドラマで描かれた斎藤道三のイメージでしか捉えるコトができないけれど。
あ、失礼しやした!ここは武田信玄の地でございますぅ~~~っ!
勝沼堰堤は大正四年九月七日に着手し、同
六年三月三一日に完成した。構築された堰堤
は、コンクリートを使用し全長三八.五メー
トル、併せて新設された岩盤上の流路は四五.
五メートルあり、総体規模は八四メートルに
及ぶ大規模なもので、砂防堰堤では初期段階
に位置付けられる貴重な近代土木遺産である。
日川の蛇行点を巧みに利用して構築されて
おり、定礎板や水深計や建設時のレベル標識
なども確認でき、保存
状態は極めて良く、現
在、堰堤上には水神が
まつられ、流れ落ちる
滝は祇園の滝として親
しまれている。
微妙な説明板の内容に、結局コレが何なのかワガハイはイマイチ分からなかった。だが、ナリユキはともかくとして水流も見事で、堰堤なのか滝なのかよ~ワカラン状態だからこそ「祇園の滝」と呼ばれるのだろう。
堰堤と滝は違うからねぇ。
で、どこまでが自然物で、どこからがコンクリートなのかも判然としなかった。それは長年の水流に晒されて馴染んでしまったのだろうが。
ネットで調べればイロイロ出てくるけれど、な~んかイマイチ釈然としないトコロがあるんだが・・・というのは多分、詳細は闇の中なのかもしれない。ハギレの悪い説明ばかりだった。
まあ・・・上辺がキッチリと水平に整っているから、コレは人工物だよなぁ。だが、岩の表情のように見えるんだが、コレが風化したコンクリートなのだろうか?
そ~ゆ~コトなんだろう・・・なぁ。
大正六年に完成というコトは・・・1917年らしいので・・・
2024-1917=107
一世紀以上、こういう環境に置かれるとコンクリートもここまで馴染む・・・という理解でイイのだろうか?
上から見ればこのように石が敷き詰められているから、コレは明らかに人工物だわなぁ。だがコレって、かなり補修されているだろう。なんか新しいモンねぇ。
というワケで、時間の流れの中で人工的なモノも馴染んでいく。だが、時間の流れの中で争う国々が馴染んでいく・・・ってぇのが、ないみたいだねぇ。人間という動物は、風化を避けるんだなぁ。
そして全く新しくも出来ないんだなぁ。
山梨県勝沼から、国道20号を笹子トンネルに向けて走ると見える「勝沼堰堤」という道路上の看板を見て立ち寄ってみた。その画像を用いた。