キリスト教会暦的には、先月末の30日の日曜日が待降節(降臨節)第一主日だったワケだ。
アドヴェント週間に突入しているのだった。巷ではカボチャ騒ぎの後は直ぐに歳末商戦&クリスマス商戦になっているけれど・・・ワガハイが老いただけかもしれんケド、全然盛り上がらない・・・というか、頓着が無いワガハイの価値観を全てにして判断してはいけないな。
若かった頃はシュトーレンを作ったコトもあった。まだあまり市販されていなかった頃で、妻のピアノの師匠(以下リンク先他で登場する長寿ババア)から頂いた本場ライプツィヒのナンチャラ?というトコロの破片を食べて大喜びしていた時もあった。
ま、今からシュトーレンを作ろうと思ってもチト間に合わん。ドライフルーツの漬け込みっていうプロセスがあるからねぇ。あん時ゃ~、漬け込みのシェリー酒も吟味したんで、どえりゃ~美味なシュトーレンが出来てしまって本場に肉薄してしまった。それはピアノの師匠の娘さんが食べ比べてギリギリでライプツィヒに軍配が上がると言っていたから。
来年からはワガハイにシュトーレンを発注する!と言っていたのだが、おかしなことに発注はなかったけど。
まあ・・・発注されても困ったけれど。ありゃ、面倒くさいからもう作りたくない。レシピは辻調の分厚い本から探したんだなぁ(以下リンクにシュトーレン記事あり)。
そうだなぁ・・・どこかで美味そうなパネトーネでも見つけたら買っておこうか?あれも正調のプロセスで作ると大変なのだった。幸いなコトにパネトーネ型を所持していないワガハイなのでやらん。合羽橋なんかに行って型を見つけると一瞬だが欲しくなるけれど。
でもまあ、このところ当ブログでは浜松行のネタを書いている。そして本日もクリスマスの話しではない筈なのだ。
昨日の菊川から海に向かってクルマを進める。道標には「御前崎」と「横須賀」や「大東」という文字が読めるので、適当なトコロで「横須賀」方向に曲がればよい。後はだいたい南西方向に進路が合っていれば目的地近くに到達するのだ。
目的地の近所まで行ったら、そこで細かな修正をすればイイわけで、カーナビが無くても問題ない(ただ、このエリアは道標が疎らな感じがしたケドねぇ)。
横須賀というのはその字の通り横長の「須賀」である。「須賀」とは海川の砂地の意だから、つまりそ~ゆ~地形だ。北側には山があり、直ぐ南は遠州灘というワケだ。だからその地形を念頭に風景を確認して進路をとれば、自ずと横須賀にたどり着く。
もっとも歴史的には戦国時代に徳川と武田の攻防が続いた境界だったのだ。家康が家臣の大須賀・・・(なんだっけ?ちょっと調べる)・・・大須賀康高に命じて横須賀城築城だった。今は城跡だけど。
そんなコトから江戸時代は横須賀藩があったので、ココは城下町だったという痕跡が感じられる地になっている。公共交通利用でココに来るには、袋井からバスだな。菊川や掛川からだと無さそうな感じがする。
酒蔵は「葵天下」である。
いかにも「葵」は徳川、そして「天下」という、凄い名称となっている。
で、ココでは酒は買わない。目的は酒ではないのだ。
そのお店の位置は、概ね「三社権現」を目印にする。そして隣接する「県立横須賀高校」だ。裏路地に入っていくと、そこに老舗の風格を持った店構えが発見されるだろう。
「愛宕下羊羹」
https://maps.app.goo.gl/3U82qNXeCGodcmWs9

名物に美味いものはない、という言われもあるけれど、コレは美味である。検索すれば多くの方々のコメントが読めると思うが、その通りである。ワガハイは「栗羊羹」と「小豆羊羹」を買った。あまり欲張って買っても賞味期限があるからねぇ。
そして一応、クルマにはクーラーバッグを用意しておいたので、ソレに入れて国道150号を西へ、浜松に向かう。沿道には時々築山の公園が見られるが、コレは津波避難の施設のようだ。ナルホドとは思うが、ナニゴトも想定を上回るコトが多い昨今だけに、この高さで足りるのだろうか?という疑念は覚える。だが、案外フラットな開けた海景だけに、湾奥のような波高が上がるような可能性は低いのかもしれない。
横須賀から浜松までは、思いのほか遠い道のりだった。ようやく天竜川を越えたけれど、そこから先も市街中心部までは結構な距離だった。どうも神奈川県内の距離感とは異なる、この地域のスケール感なのだった。
ま、とりあえずは浜松駅近辺を目指して走るのだった。