Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きするろーじんの戯言記録

ホトトギス咲く・・・出来るだけ「思う」を連発してみた

なんだったっけ?

このところ、庭のホトトギスが咲き始めている。そ~ゆ~季節になったんだなぁ・・・と、思うけれど・・・その思いに暫く浸ってナニガシカを思う・・・なんてコトは無いと思う今日この頃だと思うのだった。

昨日は「記録をひらく 記録をつむぐ」というタイトルの展覧会を観て、それを思い出しながら思うコトをメモ的に書いておいた

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「記録」と「記憶」っていうのは、似て非なる点があるからねぇ。コレを厳密に説明する必要ってある?ま、簡略に言えば「記憶」の「憶」という感じには「りっしんべん」がついているからねぇ・・・というコト。

「記録」っていうのは、語彙としてはそ~ゆ~コトなワケだけれど、美術館ってぇのは要するに博物館(学)なんで、記録を扱う。

つまり、美術館はレジャー施設というワケで ない。

さあ、な~~んで博物学が立ち上がって、それがな~~んで人類に必要だったんだろう?それは「歴史」っていう学問が必要だったコトともリンクする。

と、ゆ~~コトが忘れられて、テーマパーク化した美術館も多々あるけれど、国立博物館や科学博物館、近代・西洋美術館といったトコロは、しっかりと博物学の為の標本の収集・保存と研究、そしてその研究成果としての展示っていう基本を、ガッチリと死守してほしいと思うのだった。

キュレーターに憧れて、学芸員になって・・・展覧会企画をやってみたい、っていう動機ではなく、しっかりと研究をやりたいという人が増えて欲しいと思うのだけれど・・・研究機関ではない!とするお偉いさんの位置付けも示されたコトもあったし、世の中からの要求はどうもコンテンツ産業、観光のひとつの場としての美術・博物館ってなもんだワなぁ。

そりゃまあ、憂さ晴らしの美術鑑賞もあるだろうし、癒しの表現を目的とした作品もあるだろう。

だが・・・、と、思うワガハイなのだった。

 

ナニガシカに記述し、それが一時的にせよ保持されているならば、それもまたある記録だ。というコトからも、ブログっていうのも個人的な記録を公開しているんだなぁ。だからボケ防止を主目的とする当ブログなんで、ナニか忘れると己のブログを検索する。すれば「ああ、そ~~だった!そ~~~~だった!!」というコトになるのだった。

 

実は、上の画像を撮影する時に、「ホトトギス」の名前が出てこなかった。

え~~と?

マツムシ・・・じゃなくて、鈴虫でもない。クジラじゃね~~し?

イワシでもない。

さば???

魚じゃなかったなぁ・・・

 

あ!鳥だ!!

ス~~パ~~マン、じゃね~なぁ・・・

 

思い出すのに難儀した。そんな時に井上陽水さんの唄がアタマを過った。

♪ あわれ 山の ホトトギスぅ~~~~

 

ホトトギス だ!

 

諦めて調べる前に思い出せたので、なんとか痴呆は進んではいないのだろう。たまたま記憶が出てこない、ってぇヤツだろう。

だが何故かワガハイ、ホトトギスの名前が出てこないコトがあるのだ。

タイワン・・・ホトトギスと連想されてくる場合もあるけれど、タイワンからリスが連想されるコトの方が多いし。

やっぱり井上陽水さんの「帰郷(危篤電報を受け取って)」が、確実に記憶の復活に結び付く。

 

で・・・一応、ナニガシカの時の為に、上の画像で検索してみた。すると・・・

エラー 何でも質問してください クイック応答

風の強い日だった。余りにも揺れまくるので右手でカメラを構え、左手はホトトギスを押さえて撮影した。撮影感度も上げてシャッタースピードも高速にして。だから構図なんて選べない。とにかく撮っただけという画像だから、AIも認識し辛かったんだろう・・・というコトにしておこう。

 

でもとにかく、今回はAIよりも歌の記憶の方が有効だったな。

AIが使いモノにならんかったことに、な~んか気分がイイんである。

そう思う、老人なんである。

 

これだけ「思う」を連発すると、AIだったら添削するんだろうなぁ。そんなコトしたら悪文で遊べないじゃないか。