落葉を片付けるには、適当な風が吹いた後が楽だ。こうして隅に溜まっているのを捨てれば良い。片っ端から箒仕事をするのは面倒なのだ。案外、敷地外に飛んでいく葉は少ない。
本来というか、ワガハイの幼少期ならば隣家から落葉が飛んできても苦情など言う習慣はなかった。それはお互い様だったし、土に還れば堆肥分になるので、むしろ重宝に用いていた方もおられた。
街路樹が落葉すると面倒だから、常緑の樹木を選んだりするコトもあるようだが・・・常緑樹だって葉は更新するんだけどねぇ。でも確かに銀杏の落葉はなかなか朽ちないので厄介だ。それに濡れた落葉って強烈に滑るので、路面にそういうモノが沢山あると危険なコトになる。
記憶は曖昧なのだが・・・それは20代(40年前)の記憶だと思うが、あるバイク雑誌(だったと思う)に、濡れた落葉とタバコの吸殻の摩擦係数は、雪面に匹敵するといった記事があった。それはワガハイも経験済のコトだった。バイクでコケた原因の一つにタバコの吸殻というのはあったし、濡れた落葉で転んだ経験っていうのは、コレは歩行中のコトだったな。
というコトから、この時期のクルマの運転では、落葉を軽く見てはいけない。そういう場所を通過する時は、気持ちを引き締めておいた方が良いと思う。
箱根でねぇ・・・落葉が凄いコーナーを通過する時は、いつでもカウンターステアが切れるように覚悟して・・・ではなくて、減速するのが正しい。どの程度減速するのかは何とも状況次第だけど、万一の時には例え1km/hでも速度が低い方がダメージが少ない可能性が高いには違いないだろう。
そう!ギリギリの状況では、1mmの間隔しかなくても接触せずに停止出来れば衝突事故ではないのだから。
落葉を見ていると、ただ色合いが綺麗だというコトだけでなく、イロイロと話は出てくる。幼少期から積み上げた個人的な経験からすれば、紅葉や落葉と喘息発作はセットなのだ。秋から冬にかけては、これまた春に負けずに花粉がイロイロと飛散するし、寒暖差が大きく、特に急に冷え込んだりすると喘息発作の引き金になる。
な~んか、子供心に赤い葉っぱと自分の皮膚粘膜の炎症の色が重なったりして、紅葉や落葉を見るとイメージ的に体調が良くなくなってしまう時もあったなぁ。
こういうのって、健康優良児には全く理解できないコトだし、そもそも理解というか・・・感覚的なコトは、結局は経験しないと分からないからなぁ。
こうして小学校低学年の時点で、自分の感じている世界観は他者と共有出来ないコトを実感していた。だから余計なコトを親にも言わなくなる。体調の詳細な不具合を説明したトコロで、親にも伝わらないのだから。
ま、明るい話題ではないけれど、こうして病弱だったワガハイは、人間形成されて現在の基礎を築いたのだった。
同病を憐れむ・・・というか、ワガハイの数回あった危機に関して気持ち的に寄り添ってくれた人って、結局は病気経験豊富な人たちだった。だから医者に関してもかつての主治医は実に診察が丁寧だった。そして理路整然とした内容だった。
ワガハイが一応、地域の進学校という位置付けの高校に通っていたコトもあって、その主治医はこのように言った。
「悦朗君は医者にならないか?元気なヤツが医者になったって、患者の気持ちがワカラン。私も頑健ではなかったけれど、少しは弱さを経験した人間こそ、医者としてイイと思うんだがねぇ・・・」
ワガハイは、3浪か5浪すれば何処かの医学部に入れるかもしれないけれど、ソモソモ医者になるという覚悟が全くなかった。散々、医学のお世話になってはいたけれど、どうも人間という動物を扱う点については怖れがあった。そんなワケで、その先生の言葉は曖昧に躱した。
ま、そんなに多浪して医学部を目指すようなモチベーションが無かったな。
だいたい、親は多浪を認めなかったし、苦学してまで大学進学しようとも思わなかった。既に某大学医学部の権威ある教授大先生からは、余命宣告されていたし。
あの時・・・
「君は・・・40歳まで生きられるかなぁ?・・・ま、30歳位までにやりたいコトはやっておきなさい・・・」
17歳の時の話しだ。で、現在還暦を過ぎて医者通い現在進行形の老人となった。あの余命宣告は、いったいナンの根拠があったんだろう?
まあ・・・全く科学的な裏付けがあったモノではないだろう。
あの余命宣告の時、ワガハイも全身から血の気が引くとはこういうコトか!という体験をしたが、親は慌てふためいた。全く別の実力あると言われる医者のトコロにワガハイを連れて行って診察となった。そして・・・
「すみませんでした・・・ごめんな。」
なんで、余命宣告をしていない、無関係の医師がワガハイに謝罪したのだろうか。後日、その先生と雑談の機会を得た時に聞いてみた。
「医学に携わる人間として謝った・・・そして根拠不明の余命など語る自体が問題過ぎる・・・」
そういう内容だった。そしてその先生も大先生の言葉に憤慨していた。ただ、その大権威の医者の手術の技術は凄いのだそうだ。
ハイ!そんなワケで、今でも医者の出身大学がC大とあると躊躇するのがワガハイという動物である。C大出身の全ての医者が、そういう人物であるワケはないのだけれど・・・もう、パブロフ状態という刷り込みがされてしまったからなぁ。
以後、このパブロフ的状況を打開するような同大出身の医師には出会ってはいない。残念だが。
勿論、17歳だったワガハイを救った医師が東大医学部出身だったからといって、東大出身の医者全てが・・・というワケではないだろう。
でもまあ・・・なんとなく、大学のカラーってあるけれど。早稲田と慶応では、やっぱり違うような気がするモンなぁ。