前回の続き。
本日で二宮駅界隈の「長寿橋」のコトは〆となる。
東海道本線は、小田原までは複々線になっている。そういう言い方は鉄の方々から言わせると不正確なのかどうかは知らんが、概ねそんな感じである。
複々線化されたのはワガハイがかなり成長してからだったが、いつ頃だったのかハッキリしない。だが、複々線化工事が始まって線路脇が拡張されて、好きだった草むらや古い家が壊され、斜面が削られていくのは面白くなかった。
これまたとても曖昧な記憶なんだが、二宮駅から線路北側を国府津方面に向かって行った先に、猛烈に急激な石段を上って到達する神社だったか寺だったかがあった。それがいつの間にか無くなって、なんだか分からなくなってしまった。
それは吾妻山公園の吾妻神社ではない。そんな大きな社ではなかったから。それに石段を上って直ぐに社があったというのが記憶なのだ。
ワガハイは、その小さな社のある石段のテッペンから眺める相模湾の風景が好きだった。小児喘息持ちの虚弱な子供が、息を切らさないように休みながら上った石段だった。そして住職?神主??ワカランが、そこのオジサンから話を伺い、お菓子を貰った記憶もある。
でも、ごめんなさい。ナンという寺社仏閣だったかも忘れてしまった。ザックリとした資料を調べた限りでは、その存在さえ分からない。
子供の頃の二宮の思い出が多いのは、「山西」というバス停近くにあった「国立小児病院二宮分院」に通っていたからだ。子供のアレルギー疾患の治療に評判の病院で、その疾患の名医と言われた浅野先生が診察されていた。
浅野・・・何っていう名前だったっけ?これまたすいません、忘れました。
二宮の駅周辺は、その頃の思い出が詰まっている。
二宮駅南口ロータリーといえば、「ガラスのうさぎ像」の話題になるけれど、それは他のサイト(以下リンク先など)を参照されたい。
商店街は寂しい。子供の頃はとても活気に満ちていた。精肉店も鮮魚店もあったし、なにより果物屋さん(八百屋?)が見事だった。そこで買ったスイカやパイナップル、みかん、リンゴは飛びぬけて美味しかった。
でも今、この商店街にはそんなお店は見当たらない。ただ、南口ロータリーに面したところに「にのみやフルーツ」「湘南なの花フルーツ」という店舗があるけれど、それが子供の頃のお店と関係があるのかどうかは分からない。
ま、お店の人に聞いてみればいいんだが、この日は接客中だったので聞けないワなぁ。
「栄通り 駅前ショッピング街」・・・二宮の駅前商店街は線路に平行して2本あったと思う。この通りは線路寄りの通りだ。そして一本南側の通りには「軽食喫茶 山小屋」という評判のお店があるんだが、ワガハイは入ったコトがない。
ま、食物アレルギー持ちだから外食は極力避けるからなぁ・・・。他にも「山田食堂」とかもあるから、二宮を散策されたら利用されたし。
不思議なトコロ「ちょうじゅばし」・・・おしまい。