Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

Bourgogne Hautes-Côtes de Nuits - Château de Premeaux 2017

美酒 Bourgogne Hautes-Côtes de Nuits - Château de Premeaux 2017

古代ローマ貴族の皆さんは、大宴会を繰り広げていたらしい。というかステータスとして食にカネをつぎ込んでいたワケだ。まあ、見栄っ張りってぇヤツは古代も現代もやることに大差はない。こ~ゆ~のは美食家とは言えないなぁ。

ワガハイが考える美食家というのは、案外質素なもんである。そして素朴な原則に基づいた価値観に幸いを見いだすもんだと思う魯山人もそういうコトなんだよなぁ)。そういう点では、茶室の世界に共感するところはあるんだが・・・所詮はウツワ談義になってハウマッチ?になっていくトコロもあるんで、結局・・・このアタリが「秀吉の金の茶室」なんだよなぁ、と思ったりする。

でもまあ、茶道や禅の世界観には、理想とする価値観が垣間見られるとは思う。それはもっと体験して学んで広めて行けば、幾らか世界はマシになるんじゃなかろうか?と楽観的に思ったりもする。

秀吉は朝鮮出兵なんていうコトやって、それを遂げることが出来ずに死んだ。利休の死は・・・まあそういうコトだ。どちらの死が惨く、だがしかし身体性を持って維持されてきたのか、と言えば利休に決まっている。そういうのが、奥深い文化ってぇヤツなんじゃないか?

 

ネオナチだと言って敵視し続ける男は、自身がソレそのものと化していると思うんだが・・・とても興味深いコトに、己の罪を自白してしまうんだなぁ。だからこの先に懺悔があれば、気付きが与えられて回心というコトも起こるかも知れない。時既に遅し・・・かもしれないが、歴史的な位置付けを考えるならば、回心しないよりはした方が相当にマシであろう。

おぞましい権力志向の連中からは馬鹿にされるだろうが、それは実に宜しいコトである。最もバカにされて地に落とされる者になった方が、御心にいくらかでも近づくもんだろう。それ位のコトは、プーチンが分からなくてもキリル一世なら分かっている筈だ。それがワカランならば、キリスト者としては破門ではなかろうか?

ナニを記念し、伝承し続けている典礼なのか?最もプリミティブな問題に立ち返るべきだろう。

ところで、何人かのキリスト教司祭・牧師さんのブログやら言動を見聞きしてきたが、ウクライナの為の祈り・・・っていうのは盛んに為されているようだ。だが、プーチン&キリル一世の回心に関しては祈りが見当たらない。それは手落ちでは無かろうか?とワガハイ的には感じている。

或いは、プーチン&キリル一世の脱力・・である。

祈りましょう!全世界の好戦的な方々に回心と脱力が与えられますように!

この戦いの終わりはプーチン次第だと言う専門家の指摘が図星ならば・・・この祈りは的確なんじゃなかろうか?と思うんだがなぁ・・・。

 

まあ、時既に遅し・・・プーチンは、第二次大戦の悪魔と同じ系譜に刻まれた。それは結局裏返せば、彼自身が望んでいたコトなんだろう。もう既に望みは叶えられたのでは?そういう意味では充分な成果が得られたのではないか?

ならば撤収して勝手に勝利宣言して、対外的には勝利の美酒を飲み、うわべの栄華を謳歌すればよい。そして一人部屋の中で悔しがればよろしい。人間という動物の見栄なんぞ、そんなモンだろう。死んでも身体性を維持する機会など与えられはしないだろう。一生掛けてやってきたコトは、ソンなもんだわな。

 

旨酒は、心から無上の喜びを享受するモンだ。地上に生きる人間という動物の中にある、酒呑み人種に与えられた至上の喜びである。旨酒は神とともにある。旨酒はバッカスさんを思い、イエスさんを思い、松尾さんを思い、共に頂く時間ともいえる。

薬師瑠璃光如来さんもイイんだけどねぇ・・・

薬壺の代わりに一升瓶持った薬師さんもイイよねぇ(古くは薬として扱われた酒である)・・・ブドウの房持っている薬師さんだっておられるんだからなぁ(柏尾山 大善寺・・・山梨県勝沼のお寺の薬師如来さん)

というコトで、日本では般若湯などと言われ、禁酒の僧侶が「これは酒ではない!般若湯である!」とか言って呑んでいたし、更には「般若湯だから問題ない!」と言い張って、一升瓶にしがみついて意地汚く呑み続けた坊主っていうのもワガハイは知っている。挙げ句には「煩悩は可愛い」とまで言いのけた!実に素晴らしい禅寺坊主であった。

酒は古来より信仰と共にあった。

その美味さ故に、禁酒を美徳とする宗派も多数あらわれた。より清くなるにはど~するか?と考えると、およそ禁欲以外に思いつくコトはないんだろう・・・というのが世界共通の人間という動物の習性だな。

ならば・・・禁戦争・・・なんだよなぁ・・・だからナカナカ戦争っていうコトバを避けているんだろうか?やってるコトは最も汚らわしいんだがねぇ。

 

ま、とにかく残り物には福がある・・・なんて言われるが、頂く酒は一杯分だけ別の器に注ぎ、テーブルの中央でも端でもいいが置いておき、それを神様の取り分としておく。そして最後にその取り分を心の中で感謝しつつ分配し、味わうというのもイイもんだ。静かに置かれた器の中で、その酒は緩やかに空気酸化を受けて美味となっている。最後にとっておきの美酒が用意されていたかのようだヨハネによる福音書2章 カナでの婚礼の話だねぇ)。やってみると、イエスさんが手練れの旨酒呑みだったコトがわかるぞぃ!

オーガニック・ワインのMAVIE

このコート・ド・ニュイのシャルドネは、2017である。まだ若さもあるし、熟成による安定性も感じられる美しい香味で、抜栓した瞬間に淡く柑橘系の香りが立ち上がった。それだけで笑顔になってしまう。そして終始穏やかさに包まれた幸せな時間が演出されてしまう。

コレだけの説明で十分だろう。お値段は税抜き4700円だが、内容的にはもっと高額のワインとウソついてもバレないだろう。

だが、品質管理に関してはデリケートなワインであることは間違いないので、電気セラーの用意はされた方がイイだろう。室温管理は無理だな。せめて冷蔵庫の野菜室保存とは言われるが、ありゃあ、野菜の出し入れで頻繁にワインが揺さぶられる点が問題なのだ。野菜室保管ならばそ~っと開け閉めしなければならない。

旨酒を享受するには、いくらか配慮しなければならないコトもある。ワインの都合に合わせないといけない。コチラのエゴは通用しないからねぇ。

 

世の中、ロシアのエゴも通用しないんだけどねぇ・・・旨酒呑んでりゃあ、分かるもんだ。さてはプーチン味覚音痴か?