Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

わたしは昨夜・・・太いネギを焼いて・・・聖金曜日

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オステオスペルマム 1

昨日から気温が低めで小雨気味だ。3日前は冷房を作動させていたクルマだが、これでは暖房にしなければならない。

十年以上前だが、知人がスバルレガシーGTに乗っていた。真夏の強烈に暑い日にクルマに乗って、エアコン(オートエアコン)が作動したところ突然、強烈な熱風が最強の風量で吹き出したのだそうだ。外気温は-40℃を示していたらしい。ま、温度センサーの故障ですな。

人生、ちょっとした災難はしばしばやって来るもんだ。

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オステオスペルマム 2

さて、天気がよろしくない本日は空もグレーで小雨気味、そんな聖金曜日を迎えている。〈僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ぺトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。ヨハネによる福音書18章18節 新共同訳)という記述からも、あまり暖かい日であるよりは、やや肌寒い天気の方が祈り考えるには都合がイイかもしれない。

Nr.12a Rezitativ
Und Hannas sandte ihn gebunden zu dem 
Hohenpriester Kaiphas.
Simon Petrus stund und wärmete sich.
da sprachen sie zu ihm:

J.S.バッハヨハネ受難曲 BWV.245)

ま、「炭火」だからねぇ・・・このキーワードは以前も当ブログ(以下リンク先)で書いたから、そういうコトですな。

etsuro1.hatenablog.com

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それでこのところ・・・一通りの受難ストーリーにあってどうも気になるのは〈一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました。」(マタイによる福音書27章19節 新共同訳)〉である。この一節だけの登場だと思うんだが、ピラトの妻の思慮深さが洞察されるのだ。

で・・・ワガハイはリーキ(或いは下仁田ネギ)のような太いネギを焼いて、ソレを白いご飯に埋めた弁当を作る夢を見ていた。全然苦しめられるコトもなく、ご飯の表面にナニを振りかけたらイイかと迷っていた。ワガハイの食い意地が洞察されるまでもなく、そのマンマである。

 

我ながら不謹慎な四旬節を過ごし、大斎の意味を踏まえてあともう一杯の酒を我慢する程度の禁欲である。それでも「核兵器」をチラつかせて受難の季節を過ごしている何処かの国に比べたら、堕落した人生の方がマシである。ワガハイがプーチンの立場だったなら、「旨酒」をチラつかせてゼレンスキー大統領と和解の酒を味わいたいもんだ。

ま、ゼレンスキー大統領が酒好きなのかは知らんが。

言うまでもなく、十字架の兄貴は大食漢で大酒飲みだったというから・・・今晩は禁欲はおろか、ワガハイは大酒・旨酒呑もうかねぇ?

 

さて、バッハ・コレギウム・ジャパンの「バッハ:カンタータ全曲シリーズ10」のCDキングレコード版KKCC-2286)に収められた鈴木雅明(指揮)さんの「巻頭言」に、面白い記述があるので以下に要約する。

クリントン大統領のイラク攻撃のお陰でイスラエルは・・・という外務省の憂いの最中に、ユダヤ教の国イスラエルで演奏会を行った。カンタータメサイア、そしてヨハネ受難曲で、キリスト教音楽を演奏して良いものなのかという不安はあったが、彼らはそういった問題を超越して、日本人より遙かに宗教的なエモーションをバッハ音楽に捉えていた・・・(略)・・・「外目にはいかにも信仰深く見え、葦のように深々と頭を下げる。彼らはなるほど神の家に行き、そこでうわべの義務を果たす」(カンタータ179番 第2曲レチタティーヴォ)とテノールが歌うのは、もはやユダヤ教のことではなく、キリスト教のことにほかなりません。イエスの教えを聞いて悔い改めたはずのクリスチャンでさえ、偽善に陥る・・・(略)・・・公演後、ホールの外で出会った一人の男性は、私の腕をむんずとつかんで言いました。「素晴らしい演奏だった。しかしこれは決してユダヤ教に対する糾弾ではない。人類共通の罪だ。違うか!」

 

今日のブログはヨハネ受難曲を聴きながら書いた。なんか、滲み出てくる悔し涙である。積み上がる死者になんの罪があろうか。

Bach Collegium Japan performs Bach’s St. John Passion [subtitles] - YouTube

お前たちのささげる多くのいけにえが
わたしにとって何になろうか、と主は言われる。雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物に
わたしは飽いた。雄牛、小羊、雄山羊の血をわたしは喜ばない。イザヤ書1章11節 新共同訳)

まして人間の血を喜ぶであろうか。〈アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて見た幻。イザヤ書1章1節)〉に、新約を待たずして現われている新しい世界観だ。現代の私達人間という動物は、一体ナニをやってるのだろう。