Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

それは、あなたが言ったことです・・・Camellia japonica

首が落ちるようにも見えるから、武士は椿の花を嫌ったという話がある。果たして本当の話なのだろうか?侘助などは茶花として優れているが・・・。

花は何らかの例えや象徴として扱われることがある。それは洋の東西を問わず、大昔からある。ワガハイ的にはいろいろ考えさせられる例えとして、以下の新約聖書にある一節が常々気になる。

しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。(マタイによる福音書 06章29節 新共同訳)

まあ・・・ヤブツバキ或いはヤマツバキと呼ばれる、いわゆる椿ってぇヤツは、学名が Camellia japonica だからねぇ・・・ここに出てくる「この花の一つ」っていうのは椿ではないだろうが・・・では、なんだろうねぇ?いろいろ妄想が広がるが、概ね答えは分かる。福音書全体の中での位置付けを考えれば自ずと答えは出るだろう。

 花をそれじたいとして崇拝するのは、十七世紀中葉の「生け花の宗匠」の出現によって始まる。そうなると、生け花は茶室から独立して、花瓶が課する法則以外のいかなる法則とも無関係になる。(「茶の本岡倉天心桶谷秀昭訳 講談社学術文庫 p.88)

当ブログでは何度も採り上げる「茶の本」だが、この一節にも思いを巡らす。その記述は単なる茶道と生け花の歴史的関係を示した記述のように見えながら、ルターの宗教改革を連想してしまったりする。

ま、「利休の最後の茶の湯」の話をクドクドここに書く必要はあるまい。秀吉が疑念を懐くのは、権力者にありがちな弱さだ(因みに茶の木もツバキ科だ)

茶室に座ると、それが利休記念であるコトに気付く。その在り方は充分に宗教であり、弔いを行わないことによって宗教ではないという社会的位置付けになる・・・中庸(アリストテレスのいうメソテース孔子の言葉)を目指す記念と自由の為の抵抗?

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椿の花も終わり・・・

利休は茶室に生きている。一方、秀吉は朝鮮出兵(侵攻)の最中に病死する。このコントラストにナニを感ずるのか?〈そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」(マタイによる福音書 27章33節 新共同訳)〉であんなコトになった男と似た状況も気になる。

良く言われる聖餐式と茶道の似たところ・・・っていうのもあるが、片や赤い葡萄酒、一方は緑の茶・・・という、よりによって補色の関係・・・ここまでくると妄想のし過ぎであり、勘ぐりすぎだろうか。

だが、あの時代は今以上にローマン・カトリックの影響は強かっただろうから、利休も秀吉も、ナニも知らなかったとは思えない・・・のだが。

 

武器は強力になりすぎた。故に戦略はそれにあわせて考慮されてきた。長期戦になればなるほど根比べである。だが既に、ソモソモ根比べに負けたのはロシアであり、初戦は敗退している・・・つまり負けから始まった侵攻に見える。

罪状は毎日、ロシアの自白(会見)によって明らかにされている。それは当人達には分からない不思議な出来事に思えるだろう。ロシアのラブロフ外相やネベンジャ国連大使、ザハロワ情報局長(ロシア外務省)の言葉を聞くと、ワガハイは「それは、あなたが言ったことです」という言葉を繋げてしまう。

エスは言われた。「それは、あなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。」(マタイによる福音書 26章64節 新共同訳)

基本的に昔から人間はかわっていない。いまだに古い書物に記された言葉は有効だ。まったくモスクワ総主教キリル1世はナニをやっているのだろうか?マタイによる福音書15章と、イザヤ書29章9~16節(特に13節)を読み直せ!と、つまりその箇所を思い出したのだった(新共同訳と正教の聖書の内容が一致していないのだろうか?)。キリル1世はロシア正教邪教に貶めようというのだろうか?懺悔し、悔い改めよ!一体ナニを記念しているつもりだ。

 

ワガハイの場合は食い改め・・・なんだけどねぇ。ま、聖書ネタやるとアクセス数は下がるんだが、別にアフィリエイトやってるワケでもないし、ボケ防止の備忘録だからな。雑学乱学の断片が、時々繋がる切れかかった電球みたいなブログである。

何度も書くが、茶の本」は是非読まれたし!東京芸大生が読んでないんだよなぁ・・・コレも不思議。)聖書は信仰に関わらず一冊持っていてもいいだろう(当ブログは新共同訳だが、現在は日本聖書協会の聖書協会共同訳になっている)。どのみち西欧文学読めば読解には必須だし、音楽でもそうだからな。な~に、目を通しておくだけでも名画の見え方が変わってくるものだ。「ゴッホのひまわり」だってね。