Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

「薄にごり生原酒」・・・理想社会のバランスは一升瓶の中にあり?

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薄にごり生原酒

たった一言に魅了されて人生が変わってしまうコトはあり得る。最近、かなり強烈にそのコトを意識させられた個人的な事件が生じた。

「薄にごり生原酒」このタスキ状に添付された一升瓶を見た時に、まさしく一生瓶と勘違いするかのような魅惑を覚えた。もう、逃れるコトは不可能である。加えて「阿波山田錦 仕込号」の文字に、完璧にロックオンされてしまった。コレで終わりである!全ての結果が出てしまった。もう、購入するしか方策はない。そして飲み干すしか逃れる手立てはない。

運命の悪戯だろうか、丹沢山 阿波山田錦 仕込三号 無濾過生原酒(下リンク先参照)は新年早々に呑んだのである。ソレの薄にごりバージョンというワケだ。

etsuro1.hatenablog.com

裏ラベルの内容を「無濾過生原酒」バージョンと「薄にごり」バージョンとで比べれば、スペック的には同等なので、香味の基本的な調子も同等である。まあ、薄にごりの分だけ、濃醇さはやや加わっているとは思われる。まあ、それ以上に杯に注いだ時のにごりの演出感が楽しい。その視覚的効果は香味以上に嗜好のアンテナに響く。そしてこの季節こその旬の楽しみとして、本当は静かに桜を愛でながら頂きたいイメージだ。

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裏ラベルだ

裏ラベル撮る時に、ちょっと被写界深度が浅かったんだなぁ・・・肝心のスペックが読み取り辛くなってしまった。ま、そんなに真面目に撮ってないからねぇ・・・

アルコール分 19度
原材料名 米(国産)、米麹(国産米)
原料酒米 徳島県産 阿波山田錦100%使用
精米歩合 65%
日本酒度 プラス7.5
使用酵母 協会701
酸度 1.7
製造年月 2021.12月

というコトだ。このお酒は以下のブログ用いた画像の左端に見えているモノだ。

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ワガハイの環境は、「丹沢山・隆」「箱根山」「相模灘」が入手しやすいので、新酒の無濾過生原酒などを購入するのが比較的容易い。少し足を伸ばせば静岡酒の幾つかの銘柄も同様だ。だが、興味深い酒を醸す蔵っていうのは小さな醸造規模が多いので、遠方になると流通は細すぎてど~にもならん。ネット販売などで見られない酒ってぇヤツもあるからねぇ。

たぶん、この「仕込号」ってぇヤツも、出荷数は強烈に少ないと思うので、ソレだけを見れば殆ど密造酒かと思われるようなレベルの量かもしれない。そ~ゆ~のが面白いっていうのは、もうドツボにハマってしまっている証しではあろうが・・・。

地元で愛すべき酒が醸されているというのは、素晴らしく豊かなコトなんだよなぁ。それぞれの地域で、自慢の酒がある街に住んでおられる方は幸いだ!と、呑兵衛は思う。旨酒が醸されるというのは、もうその地域のシンボルなんである。酒屋の煙突は幸せの象徴なんである!

ああ、また甑(こしき)から立ち上る湯気が、酒蔵から洩れてくる・・・そして、ほのかに麹と発酵の香りが漂う・・・

 

 四年春二月六日、群臣に詔して、「高殿(たかどの)に登って遙かにながめると、人家の煙があたりに見られない。これは人民たちが貧しくて、炊(かし)ぐ人がないのだろう。昔、聖王(せいおう)の御世には、人民は君の徳をたたえる声をあげ、家々では平和を喜ぶ歌声があったという。いま自分が政について三年がたったが、ほめたたえる声も起こらず、炊煙(すいえん)はまばらになっている。これは五穀実らず百姓が窮乏(きゅうぼう)しているのである。都の内ですらこの様子だから、都の外の遠い国ではどんなであろうか」といわれた。

日本書紀(上)全現代語訳 宇治谷孟 仁徳天皇 p.231 講談社学術文庫

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日本書紀 全現代語訳

ま、現代語訳で読めるのだから、「日本書紀」に目を通しておくのはイイんじゃなかろうか?読まれていない方にはお勧めするなぁ。

 

上記引用箇所の先を読んでいくと・・・

 七年夏四月一日天皇が高殿に登って一望されると、人家の煙は盛んに上っていた。皇后に語られ、「自分はもう富んできた。これなら心配はない」といわれた。皇后が「なんで富んできたといえるのでしょう」といわれると、「人家の煙が国に満ちている。人民が富んでいるからと思われる」と。皇后はまた「宮の垣が崩れて修理もできず、殿舎は破れ御衣が濡れる有様で、なんで富んでいるといえるのでしょう」と。天皇がいわれる。「天が人君を立てるのは、人民の為である。だから人民が根本である。それで古の聖王は、一人でも人民に飢(う)えや寒さに苦しむ者があれば、自分を責められた。人民が貧しいのは自分が貧しいのと同じである。人民が富んだならば自分が富んだことになる。人民が富んでいるのに、人君が貧しいということはないのである」と。

日本書紀(上)全現代語訳 宇治谷孟 仁徳天皇 p.231~232 講談社学術文庫

まあ、美談だよなぁ・・・だからど~した!ってシラける感想を持つ人もおるだろう。だが、温故知新どころではなく、いまだそのまま有効っていう言葉が、古い書物には遺されていると思う。なぜなら人間という動物は、昔から基本的に変わっていないというコトだ。いい加減に少しは新しい衣に着替えるようにしたいなぁ・・・民主主義の理想の断片は、随分と古くから燻り続けているのだから。

新約聖書のみならず、日本書紀でも「人民が根本である」という意味の記述があるにも関わらず、現代社会はナ~ンも解決するコトなく迷宮を彷徨い続けている。科学技術は進んでいるように思っても、その技術は諸刃の剣だからねぇ・・・

 

人類の理想は、一升瓶の中身の理想ほどにも届いていないのが現実ダロウか?

 

ならば・・・

16
今日こそわが青春はめぐって来た!
酒をのもうよ、それがこの身の幸だ。
たとえ苦くても、君、とがめるな。
苦いのが道理、それが自分の命だ。
ルバイヤートオマル・ハイヤーム 作 小川亮作 訳 岩波文庫

以下リンク先でも引用した箇所だが・・・

etsuro1.hatenablog.com

「苦いのが道理・・・」か。

「仕込号 薄にごり・・・」のような香味バランスに、やっぱり理想社会を夢見てしまうわなぁ。

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2021年度醸造 純米酒 阿波山田錦65 仕込三号 薄にごり生原酒〈丹沢山