Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

柱からは打ち損じた五寸釘の先端が見えていたなぁ・・・引っ越し先の物件

春は引っ越しのシーズンでもある。

ワガハイも何度か引っ越しをした。人生初の引っ越しは未成年の頃、実家の建て直しで仮住まいってぇヤツだ。それは駅近物件で便利だったんだが、鉄道線路のすぐ脇だったのでうるさかったし、列車が通過する度に家が揺れた。はじめは地震が来たかと思って身構えたもんだ。だが、そのうち列車の通過なのか地震なのか分からなくなった。

ど~せまた列車の通過だろうと思っていたら、何故か通過音がしないもんだから、こりゃあ本当の地震だ!って慌てたりしたことがあったなぁ・・・ありゃあ、昭和50年代のコトだったが、わりと震度4クラスの揺れってあったな。

 

実家を出て一人暮らしを始めて・・・その木造アパートは新築だったんだが、酷く湿気を拾う物件で、幾ら換気しても部屋の隅の畳が妙に青くなってくる。それはよ~く見ると青カビだった。掃除してもダメ。アルコールで畳を拭いたりもしたがダメ。

キッチンの流し台は一応ステンレス製に見えるが・・・何故か水滴跡に赤錆が発生するという劣悪な材質なので、週一回は自動車用のバフを電ドルに付けてコンパウンドで研き、自動車用のシュアラスター・ワックスで仕上げてみたりした。こうすると、幾らか錆びを防ぐことが出来た。

そういえば、柱からは打ち損じた五寸釘の先端が見えていたなぁ。風呂桶の水平も酷く狂っていた。

新築物件だったんだけどねぇ?あの頃は景気が良かったんだなぁ・・・物件は不足気味で、やっと見つけたアパートだった。

 

あまりに酷い物件だったから、引っ越しを終えたら休む間もなく、再び物件探しを始めた。結局そこに一年住まずに引っ越した。距離にして2キロ程度の引っ越しだったが、引っ越しすれば敷金礼金だけでなく、様々な雑費も掛かるから・・・引っ越し貧乏とはよく言ったもんだ、と思った。

いろいろ住所変更手続きとかもあるから、それがまた面倒だよな。ワガハイ、あの手の書類が非常に苦手である。だからクルマを購入するというレベルでも非常に嫌である。そしてどこか一点、書類に不備があって戻される。ワクチン接種の問診票でさえ、記入もれがあって係の方に聞かれる始末だからなぁ・・・ポリポリ

とにかく、書面への記入に関しては結婚してから救われた。ややこしいのは妻に投げ渡す。彼女も得意ではないだろうが、ワガハイよりはマシである。

まあ、現在地に落ち着いて随分と長くなってきた。そろそろ引っ越し?というコトもなく、たぶんこのまま、大問題が生じない限りは住み続けるのだろう。

大問題・・・それは自然災害だな。日本は何処にいても、何らかの自然災害リスクがある。コレばかりは仕方ないので、出来る範囲で備える以外にないな。

 

引っ越しをされる方へは、いい物件との出会いを祈りますな。因みにYouTubeの「ゆっくり不動産」は見ているワガハイである。これ、面白いねぇ・・・でも若者向けの物件だな。個性的な物件だから、ワガハイもかなり若ければ住んでみたい物件ばかりだけどね。

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要冷蔵の扱い

昨日は停電の可能性があるっていうから暖房設定温度も19℃にして、部屋の照明も2つ点けるところをひとつにして節電に努めた。やっぱり19℃設定の室温って、ちょっと寒いわなぁ・・・そして寒いっていうのはわびしい気分になってくるもんだなぁ。

そして、3.11の時の計画停電を思い出した。あの時は予定通りの時間に室内がフッと静かになったなぁ・・・冷蔵庫が止まり、いろいろ待機している家電製品が発する僅かなノイズが消え去るのだろう・・・辺りが急に静かになった。あの時も3月・・・寒い日が続いていて、積もりはしないが雪が舞うコトもあった。

停電になるとナ~ンにも出来ないし、その間に停電していない地域に買物に行けばいいとも考えたが、ガソリンの供給も不足していたからなぁ・・・出来るだけ歩いて必要なコトを済ませていた。で、とにかく計画停電中は布団に潜って寝てしまったこともあった。

計画停電っていうのも、全く停電しない地域もあって、そういう所ではふんだんに電気が使われていて不公平感があった。あの頃からワガハイは冷蔵庫に入れた「要冷蔵」の酒の品質保持に悩まされていた。とにかく、通電するまでは冷蔵庫の扉を開けないようにしてねぇ。

考えてみれば、憂うコトってな~んも変わってないんだなぁ・・・ワガハイの人生は、冷蔵庫とともにある、ような感じもする。案外、一人暮らしを始めた時に自分専用の冷蔵庫を手に入れたが、家電製品の中で、それが一番嬉しいコトだったように思う。

 

ワガハイの世代っていうのは、ご近所の電気屋さんっていうのが眩しい存在だった幼少期を過ごしているのだ。最先端のモノは、みんなナショナルのお店とか、東芝の看板のお店からやって来たのだ。そしてテレビではサザエさんが「明日をつくる技術の東芝がお送りいたしま~す!」ってやってたのだ。

最先端の家電に囲まれて生活することが、夢だったねぇ。大きなテレビがあって、電子レンジで調理して・・・父親は出張先で「東海原発」の見学をしてきたといって、夢のような発電設備だとニコニコしていた。ワガハイのオヤジは単純な人だったからねぇ。「炭酸ガス冷却型原子炉」が稼働していた頃のコトだ。

 

現在、原子力は夢のエネルギーとは言えない。みんなどこかで不安を持ってそれを見ている。ウクライナでは、ロシアの侵攻でチェルノブイリ原発の一時的な電源喪失に世界が震撼した。言うまでもなく、ふざけたマネをするもんだ。だが、日本の原発の立地の多くが日本海側にあって、弱点をウラジオストクに向けているようなもんだ。

太平洋側は海溝と津波が待っている・・・

論争の余地なく、日本の条件は原発に向いてない、ということで終わりとしたいところだ。

 

だが、太陽電池パネルの設置っていうのも、助成金目当てで変な開発がされたし、血税はちっともイイ感じで身になる使い方が為されない。なんかねぇ・・・誠実さが足りないよなぁ。

とにかく、電気も有限のエネルギーで、無尽蔵に使えるものではない。さて、どうする?やっぱり昔から言われる「大切に使う」という言葉は、ココでも有効だろうなぁ。大切に丁寧に!昨晩の停電危機を乗り切れたのは、やっぱり心ある人たちの協力の積上げだ。政府の電力政策を批判するのもイイが、いつまでも増え続ける電力需要では、まかないきれなくなる日もやってくるだろう。使い方の洗練度も要求されるわな。

 

さて、今晩のゼレンスキー大統領の演説は、どの様なものになるのだろう。欠かさずにしっかりと、その内容を読み込もうと思う。