Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

代表的日本人の一人・・・成田山で見つけた

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成田山 新勝寺 撮影:2017年8月29日

上画像、

虎虎虎虎虎・・・富富富富富・・・

山山山山山・・・

縦書きなんだが、行間の関係で横のつながりで見てしまったんだな。で、なんじゃこれ?って思いましたな。骨組みの横のラインも、横流れで読んでしまうことを誘発してしまう。で、そのことを批判しているわけではない。面白いなぁ~と思ったのだ。

成田山で、ナニ見ていたのか?まあ、自分でも思うんだが変なところに引っかかってしまう。社殿を見ていても、ここが初詣の人出でニュースになって、節分の豆まきでも有名なところなんだなぁ・・・とか、裏手に回ると寄進者の名前が大きく刻まれた石の壁のようなものがあるし、それ見て、あ!あの人も、ってな感じで見知ったお名前探しが始まってしまう。不謹慎なことだが、祈ることより雑念が勝ってしまうんですな。

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お久しぶりの説明板

二宮尊徳翁開眼の地
 代表的日本人の一人、二宮尊徳翁 天明七年~安政三年
(一七八七—一八五六)は、不世出の才と堅忍不抜の行いと
をもって小田原藩主大久保忠真候に抜擢され野州桜町(栃木
二宮町)の復興に、一身をささげた。内外の妨害に進退きわ
まり行方不明数十日の後、「禍を転じて福となし」にはじまる
七大誓願を胸に成田山に参籠、断食水行二十一日、霊験感応
あり、心願開けて大悟した。ここぞ誠に二宮哲学開眼の地である
  身をすててここをせんどとつとむれば
        月日の数も知らぬなりけり
  心あらば成田の山にこもりなん
        石の上にも岩の上にも
この二首は満願の日の翁の歌であり、「予が今日に至るは
不動心の堅固一つにあり」とは後世にくり返し口にしたと
ころである。

成田山新勝寺の説明板より書き写す

説明板の冒頭にある〈代表的日本人の一人〉とは、おそらく内村鑑三の著作「代表的日本人」のことを指すのだろう。この本は1908(明治41)年に英文著作の「Representative Men of Japan」が初版となるのかな。今、ほとんどの人が入手するものは岩波文庫から出ている鈴木範久氏の訳になるものだろう。NHKの「100分de名著」でも取り上げられたようだし、この岩波文庫版も1995年の第1刷から版を重ねている。手元のものは2010年第33刷である。西郷隆盛上杉鷹山二宮尊徳中江藤樹日蓮上人について書かれている。

まあ、ワガハイが内容についてあれこれ述べるのは無粋だろう。だが、この本も人生のあるタイミングでは目を通しておいた方がいいだろうなぁ・・・というお勧め本なのだ。

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成田山にて・・・二宮尊徳を発見する

二宮尊徳の生きた時代を想像してみても、安楽な時代っていうのは無いな。何らかの苦難を抱えながら生きていくんですな。

ま、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として・・・」開催された五輪も終わり、ワガハイは「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ」というのは、こういうコトだったんだなぁ・・・と思った。これが勝利というもんなんだなぁ。

 

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この本ですな 2021年8月12日追加画像