Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

あまりに深い森の中にある二階建ての家屋は、換気もままならぬ暗闇の中にあった?

あまりにも深い※1の中にあっては、偉大なる天体※2である太陽の光でさえ届かなかった。ましてその森の中に建てられた二階建ての家屋の中は真っ暗なままだ。なるほど暗闇は光を理解しなかった※3・・・(光とは、里で普通に生活する人たちに与えられているものだ)。

 

※1 深い・・・不快(語呂合わせ)

※2 一応、ツァラトゥストラはこう言った ニーチェ著 の冒頭部分から一部

※3 ヨハネによる福音書 01章 05節(新共同訳)

 

と、まあこんな感じじゃないかいのぅ。そして・・・

以下、当ブログ「2021年2月5日 工作がまた始まった」から一部引っ張ってきますな。

 

でもねぇ、7年ですか・・・積み上げてきた仕事が、失言一発でぶっ飛びそうな偉い方が話題だな(会議が長くなる、話しが長いのは女性に限らず!なにせEtsuro1の祖父はモー烈に話しが長い人だったからねぇ)。ヘタすると、そのお方の問題に収まらずに、民意はますますその方の意向とは反対の方向へ動いて行きますな。結果的にご自分が育てたものを破壊してしまうことになるかもしれない。

 

さあ、育ててきたモノが大切ならば、もう一度紡ぎ直す方法を考えてみるということはしないのだろうか?

 

Etsuro1の祖父達は、何度もここで書いておるようにスペイン風邪の災難を経験した人たちだ。兄弟を失い、その葬儀も出来ず、跡継ぎを失った家業は失速して人手にわたり、その後成長した長女が婿さんとともに再興した。疫病は人の命を奪うだけでなく、人の信頼を奪い、収入を奪い、街並みは廃れ、生きながらえても自分自身の心の芯まで冷え切る経験をもたらしたという。これほど恐ろしいことはないという話しだった。

そうした経験談を思い出しながら、コロナ禍を過ごして現在に至っておるわけだが、今日も重症化をくい止めることが出来なかった方達がおられることを思うと、できる限り慎重かつ丁寧に物事を考えていかないとイカンと、思いますな。それでもポカをやるのが人間ではあるんだが・・・

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2010年2月3日の神奈川県秦野盆地と表丹沢

今年はこの画像ほど雪はないねぇ・・・

子供の頃、祖父の家へ遊びに行き、コタツと火鉢でヌクヌクしておると・・・

「さあEtsuro1、上着を早く着なさい」

と祖母の声、そして祖父も半纏など羽織りだす。すると家中の窓が全開にされるのだ。そして室内も屋外も同じ温度になってしまうのだが、そこでようやく窓が閉められる。「ああ、気持ちいい。空気がいいと気持ちいいね!」

と明るく祖母は言う。祖父も

「気持ちいい、気持ちいい!」

と縮こまりながら言う。

これがほぼ一時間ごとに繰り返されるのだ。今思えばスペイン風邪だけではなく、結核も多かった時代を生きてきた人たちだからね。換気は重要だと分かっていたんだな。

書き始めるとキリがないほど、祖父母達の不可解な行動というのがあるのだが、それらがいちいち疫病対策に関わる習慣であったことに、この一年、気付かされましたな。あらためてご先祖さん達への感謝が募りますな。墓参り行きたいところだが・・・ま、止めておきますか(なにせスギ花粉の多い墓だからな)。

あっ、これって「はてなブログのお題」に合致するかな・・・「この1年、どんな思いを抱いていましたか?」お題「#この1年の変化

 

Etsuro1よりも年長者である方達が、ご先祖さんからスペイン風邪の教訓を受け継いでいないのだろうか?というのが不思議といえば不思議。国政の長老たる方々は、いったいナニを受け継いでこられたのだろうか。歴史的教訓を生かせないというのは、愚かだ。

 

本日、花粉の飛散量は多くないとはいうが、ちょっとした外出でえらい目にあった。目が痒い、鼻がムズムズ、若干の喘息初期症状・・・マスクをしていてもきましたな。お陰で用を済ますことを諦めて帰宅しましたな。なんといっても喘息はマズいからねぇ。アレルギー体質の皆さん、気をつけてこの嫌な季節を乗り切りましょうな。