Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

石造大日如来坐像というのが道路脇にあるんだが・・・小田原市上曽我 県道72号

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2009年1月撮影

撮影はだいぶ以前のものだが、この建物は現在もあるな。クルマで移動中に県道72号は時々通るので、気にはなっておるんだが・・・なかなかクルマを停めて立ち寄るというのはねぇ・・・路上駐車するのもマズいからな。

場所は、神奈川県の小田原市上曽我というところで、国道1号国府津から下曽我を通って東名高速大井松田インターへ抜ける道の途中にある。大井松田インターへ向かって走っているならば、左手道脇にあるな。

で、この大日如来坐像はきちんと見たことが無いんだな。例によって以下に説明板を示すし、その内容によると春秋の彼岸に供養・・・ということだから、その時に立ち寄れば、そのお姿を拝むことも出来るのかもしれない。

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マイドの説明板ですな

例によって一応、読みやすいように書き起こしておきますな。

 

大日堂と石造大日如来坐像

 大日堂は大正一三年に再建された。
本尊の大日如来は両手で智拳印を結
ぶので、金剛界の中心に位置するこ
とが知られる。これに対して胎蔵界
大日如来は禅定印を結ぶ。しかし、
この地方の大日信仰については詳し
いことが知られず、この石像の縁起
についても伝承が消えている。毎年
春、秋の彼岸に供養が行われる。 

       小田原市教育委員会

 

ということで、縁起に関する伝承が途絶えているからだろうか?小田原市文化財リストをWeb.で確認しても、その名前は見当たらないな。だからといって価値がないという訳ではないだろう。この説明板の内容も、大日如来についての簡略な説明をしているに過ぎず、なんともこの坐像の説明にはなっていないんだな。かなり残念なことだが、要するに大日信仰が途絶えれば、その像自体の祈り(伝承)が途絶える訳だから・・・やっぱり祈りのお点前と仏像というのはセットでないと分からなくなるんだな。

茶道具も、お茶に全く興味がなければただの日常使いし辛い器でしかないということだからな。

ま、伝承が消えているならば、また新たに伝承が紡ぎ出されてくることもあるかもしれないな。それには新たに大日信仰をここで始められれば、だいたい昔と同じようなナニかを共有は出来るのかもしれない。

石造大日如来坐像・・・富士山も見えて、近くには梅林もあって、いい環境ですな。

 

記録や伝承というのは大切なものだな。100年が経過するとスペイン風邪の時の教訓というのも途絶えてしまっているようなものだからな。世の中便利になって、生活スタイルも大きく変化したから、昔の教訓なんぞな~んにも意味の無いものである!のだろうか?当時の犠牲者の御霊に申し訳ない気もするんだが・・・どうかコロナ禍の様々な記録と経験が、しっかりと後世に伝わるようにと思いますな・・・戸惑いや不祥事の記録もね。