Etsuro1のブログ

関東南部で寝起きする四捨五入して還暦男の、適当な言語の羅列記録・自称乱学者

Nikonって言ったらですねぇ・・・

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スーパーアンギュロンよりも好き

このレンズも出番が多かったねぇ・・・"Nikkor SW75mm F4.5" 。

描写に関して、特に意識しないで使えたレンズだったな。つまり自分の感性に割と合っていて、無理がなかったということだと思う。スーパーアンギュロンだといろいろ調整が起こってくる・・・たとえば減感であるとか、照明比だとか・・・ま、自分に馴染まない機材は手元に残らないということだな。

ところで、盛大に期限切れとなった4×5のモノクロフィルムが手元にあるねぇ・・・そのうちまた、このレンズを使って撮影してみるかね。お久しぶりに手現像してみたらムラだらけだったりしてね・・・それもご愛敬だな。期限切れのD-76もある。問題はまだしばらくは撮影のために遠征することが出来ないってことだな。せめて隣の静岡県までは行きたいところだが、ダメだね。

 

昨日、ボーッとテレビを見ていたら、ジャック・アタリ(昔、何処かで生アタリ※さんをお見かけしたことがあったんだけど・・・何処だったかなぁ・・・)が出ていたな。NHKETV特集だ。”利他主義”ってことを話していたが、確かだいぶ前からそういうことは言ってたように記憶しているけどね。でもまさに今、それが重要だということなんだろう。つまり”他者を守ることが自分を守ることに繋がる”ということ・・・最近、いろいろな人が似たようなことを話し始めているな。でもねぇ・・・これって結局、古くから言われている”隣人を愛せ”ってやつなんじゃないの?ネタ元は新約聖書・・・たぶん福音書だよね。やっぱり人間は進歩が無い・・・いや、変わらないんだねぇ。ということは、やっぱりいろいろ繰り返すんだろうから、歴史を紐解きながら考えていくってぇことなんだろうな(こうなると磯田さんだよねぇ・・・)。

※”生アタリ”って書くと、なんだか生牡蠣にあたったみたいだな・・・Kudaraneeee…

それから、そのETV特集では、何人かのその道の専門家が発言しとったが、共通するキーワードのひとつは”透明性”だったように思うな。危機的な状況では、いろいろな透明性が求められるということ・・・それは全く了承出来ることだな。レンズの透明性がなかったなら、妙な癖のあるレンズだったなら、写真の記録性に魔性が入り込むからねぇ・・・これ、レンズそのものの物理特性の話しじゃあないよ!たとえ、だからねぇ。魔性が入ったら、近代の意味が無くなるよねぇ・・・"Nikkor SW75mm F4.5"いいレンズだよな。

 

ところで、今日のブログを書き終えて、テレビを見てみると・・・ハーバード大学の方が集団免疫のことを話していたねぇ・・・何でもアメリカで集団免疫を獲得して感染が収束するのは2022年だと言うんだな。なんか不思議な話を聞いているような気がしたな。まだ、このウイルスの特性を把握出来ていない段階なのでは?それで本当に集団免疫獲得の予測なんで出来るんだろうか?なんかねぇ・・・絵に描いた餅だなぁ。獲得した免疫の持続力だってまだ分からないんじゃないのかねぇ・・・それで一体どこから2022年という数字が出てくるんだろう?きっとこれは科学ではなくて、水晶玉でものぞき込んでいるんだろうな・・・と思ってしまうんだな。

まあ、ナニガシカの見通しというか、ストーリーを得ないと安心出来ないということはある・・・ストーリーってぇのが、ひとつ物事を理解することに繋がるからな。でもねぇ・・・事実はストーリーではないかもしれない。つながりの見えない断片としか捉えられない、というのが実情なのでは?ってぇこともあるからね。下手に繋げると事実から逸脱するということもあるからな。

レムデシビルの特例承認ってのが、ひとつの光明だねぇ・・・治療薬があるってことは、スペイン風邪の時とは決定的に違うってぇことだからな。それが潤沢に使える環境でなければ、我々がやれることは前時代的な方法しかないわけだからな。でもねぇ・・・前時代的と思うかもしれない公衆衛生っていうのは、いまでも有効なんだね。基本から一つも無効になることは、たぶんないだろうからねぇ・・・徹底的な手洗いは、やっぱやるしかないな。